さよならの温度(081216) ぎゅっと抱きしめられてふるえたちいさくほそい肩を見下ろして、そりゃそうだと自嘲した。 誰かと群れるのはきらい、誰かが群れてるのもきらい、べたべたさわられるのもきらい、さわるのもきらい、だれかの気配もきらい、うるさい声もきらい。 なにもかもきらいきらいづくしだったきぐらい高いこどもがこうしてディーノの勝手をこんなにもゆるしているのだから。 なによりきっと、自分の反応にとまどっている。 ディーノはもうすこしだけ腕に力を込めて距離をつめ雲雀のくろい髪に鼻先を埋めてくすぐった。 まずは、名前を呼ぶことから。 あとあと知ったことではあるけれど雲雀を恭弥、と呼ぶ人間はほとんどいない。どう呼ばれるかを気にかけているというより、他人になれなれしくされるのがことのほか嫌なんだろう。気安く呼ばないでよ、とか。何様のつもり、とか。その口二度と開かなくしてあげる、とか。はじめこそ辛辣な言葉でののしり、むっと眉をひそめてかわいい眉間に盛大なしわを寄せては殴りかかってきたものだったけど、文句を言おうが殴ろうが懲りもせず、ましてやめる気配が微塵も感じられない男に何をやっても無駄だと思ったのかあきらめはいっそ潔かった。 同時に、まいにちまいにち雲雀の私室といって差しつかえない応接室をたずねてやった。授業中であるじがいない部屋には勝手に侵入してソファでくつろいだりもしてみた。 当然のようにお気にはめさなかったようで、間延びした声で名前を呼びながらドアを開けたとたんにものすごい勢いで本だのゴミ箱だの投げつけられたこともあったけれども、そのうちにディーノが手ごたえある獲物だとわかったらテリトリーに侵入されることなど気にもならなくなったようだった。 むしろうれしそうに舌なめずりして歓迎されるようになった。 稽古を毎日つけてやるようになってからは、修行のあと食事につき合わせることに心を砕いた。当初は群れるつもりはないよの一点張りで、イタリアンにもフレンチにも懐石にもなんの興味も示さないでプイと屋上から姿を消していたくせに、苦肉の策でディーノがハンバーグならどうだという誘いにおとなしくついてきたときはかわいすぎてどうにかなるかと思った。 しばらくはハンバーグをちらつかせれば食事にはついてくるものの、くだらない話には付き合わないよ、としっぽをぴんと立てたねこみたいにディーノを威嚇していたあたり、このままディーノが日常のなかにあまりに違和感なく溶けこもうとしていることを勘のするどいこどもは頭のどこかでまずいと警戒していたのだろうか。今となってはわからない。 言葉どおりほんとうに食事中つんとそっぽを向いてはいたけど、雲雀にとっての威嚇なんて普通の人間の会話と同じようなものだと思う。気を張っていること自体が、ディーノのひとことひとことを漏れなく聞いているあかしみたいな。それだけ気になって気になってしょうがないことをディーノはちゃんとわかっている。だから並盛を離れて修行するころにはあたりまえみたいにおとなしくディーノとごはんをたべて、ときたまディーノの話に相槌のひとつもうつまでになった。 会話が成立しても、ちょいちょいと髪の毛をつまんだりしろいなめらかなほっぺたをに触れたり接触するそぶりを見せようものなら全身の毛を逆立てて殴りかかってきていたのに、一度修行中に出血しすぎて気をやってしまったときずうっとよしよし髪をなでてやってからはそうされるのが思いのほか心地悪くないと思ったのか、ごくたまに何も言わずディーノの好きにさせていた。そうしたらディーノは目に見えてつけあがりべたべたとさわってくるし、そんなことはあまりに頻繁すぎていつしかとがめることさえそになったようだった。そして今に至る。 ばかだな、とディーノはうっそり思う。 百万回名前を呼べばいやでも慣れさせてしまえる。 まずは名前を呼ばれることをあきらめさせ、テリトリーに侵入されることをあたりまえにし、食事風景の中にとけこみ、さわられることを許させる。回数を重ねれば、どんなことだって慣れてしまうとディーノは思う。 だから、雲雀はほんとうは芽をはやいうちにどんどん摘まなければならなかった。不毛ないたちごっこを繰り返さなければいけなかった。 だって、許されてしまえばディーノは思いあがってしまう。 力をこめて抱きしめ直されると雲雀はもう一度、ちいさく肩をこわばらせた。 耳のうしろがわから、今はみえないきれいな鎖骨にかけてのおさない首筋がぴんとはりつめている。 そのこわばりをとかすようにふっとためいきを吐き出せば、あたりまえだけど目の前のディーノのシャツに吸い込まれて、そのまま胸の皮膚をじんわりあたためた。 ともし火のようにぽっと胸に灯りがともる。雲雀の温度で。 さよならの間際だけは、こうして抵抗らしい抵抗もせず大人しく抱きしめられている。 ディーノが、さよならのときしかこうだきしめ方をしないのを知っているから。 それもずるいことだとわれながら思う。 さみしいなんて死んでも言わない腕の中の子は、たぶんディーノがイタリアへ帰ること、いなくなること。それが自分にとってさみしいこと、だとあたまではきっとまだわかっていない。 わかってはいないけれど、野生のけものみたいに勘がいいから、感情を脊髄のどこかで感じ取っている。ディーノの抱擁が、彼が姿を消したあとに訪れるからっぽな時間をいくらかましにさせることを反射のように知ってしまっている。 そんなこどもの無垢に付け込んで、自覚もないままこんなことを許容させている。 つよくつよくぎゅっとすると、微動だにしない肩がまたゆれた。 つるつるの黒髪を鼻先でかきわけてつむじにふれる。 くすぐったそうに身じろぎするのがただただかわいくて、いとおしくてたまらないと思う。 だめなおとなでごめんな、と口先だけでつぶやいた。 |