そばにきて(081217)






また許可もなく応接室にあがりこんできたディーノに、文句のひとつも言おうとして雲雀は不機嫌にうすく開いたくちびるを、でももういちどくっつけた。
ソファのアームにもたれてなかばねそべる体勢で本を読んでいた雲雀との距離を、侵入者がいつもよりいくぶんしょぼくれながら詰めてきたから。

あたりまえみたいにそばに来て、長身がソファの横にうずくまる。行儀悪く地べたにあぐらをかいて、雲雀の顔をのぞき込んでくる。ぶしつけな視線はいつものことだった。冬のつめたい空気をはらんだきんいろの髪がさらさらゆれて、つきんとひえた冷気をはらはらと雲雀のほほにわずかばかり降らせた。

「仕事、入っちまったから」
もう帰んないといけねー

まったくマフィアのボスにふさわしくない間延びした口調でディーノは言う。ちぇ、とか口をとがらせながら。雲雀のまわりにいるそこいらの中学生がテストがいやだとかマラソンがかったるいとか言うのとおなじみたいな軽い口調で。
でもいつもびっくりするくらいきらきらのうるさい目が、そのひかりの粒を黒目の奥へ押しこんでしまうのを雲雀は知っている。それがディーノの、彼の日常へかえる覚悟のあかしのようなものだということも。なんとなく。

別れぎわはいつもいつも、そうだった。まるでまばゆいひかりに目を細めるようにディーノは雲雀を見る。その向こうに、世界をみる。
雲雀のむこうがわに彼の日常を見ている。

どうして世界をみすかすフィルターのようにあつかわれるのか、雲雀にはわからない。
一度だけ、どうしてそんなふうに僕を見るの、と聞いてみたらうーんとかそうだなーとかへらへらあいまいにはぐらかしながら、まぶしいからかなとかなんとかまったく的を得ないいらえを返されて腹がたったのでもうそれからは勝手にさせることにした。ディーノが勝手にやっていることなのだからべつに雲雀がつきあう義理はない。
義理はない。
確かにそう思うのだけれども。


すきとおってしまいそうなあわい琥珀の黒目をじとりとにらみつけてやると、なのにディーノはわたあめみたいにふんわりまなじりを溶かした。

「あんま、見んなって」
照れるじゃん。

ばかだ、と思った。
だいたいディーノはいつもそうだ。こちらが真剣なときはふにゃふにゃいい加減に人を煙にまく。
むかついたから殴ってやろうかとこぶしに力をこめようとしたら、へらっと笑み崩れながらちかい距離で気配を消していたずるいてのひらに先手をとられた。左手をからめとられそっと握りこまれる。反射的につめの先がすこしふるえた。

殴るはずの手が暴力的なそれとは不似合いにやさしくつつまれている。一方的につながれた手の甲に、ディーノのしろいひたいと金の糸がゆるりと重ねられてそのまま動かなくなった。

ちょっとだけ、こうさせてな。


ぽつんとこぼれたちいさな声はソファの革に吸い込まれることもなく弾かれてことんと床に転がっていった。そのゆくえをぼんやりたどろうとしたけど、たよりなさすぎるその言葉はどこかへ消えてしまったようだった。
寝転んだ体で左手も占拠されているのではまんぞくにページをめくることもままならず本を読むにも不便する。しようがないから開いていた文庫をそのままニットに伏せてディーノを見た。

目の前で黄金のたてがみがひとすじふたすじ、雲雀の呼気を受けわずかにゆれる。冬のにごりなく澄んだ日光のもとではそれはあんまりにきらきらしすぎていて、瞳孔をせばめても目に悪いほどだったから、ぼんやりまぶたを細めた。

知らない、ディーノのまいにちのことをすこしだけ考える。

ディーノの仕事がどんなことかなんて雲雀は知らない。
知らないし、ディーノも言わない。

つらいとかくるしいとか、そう思うならやめればいいと思う。でもディーノはやめないんだろう。大切なものを、節ばったきれいな手にいっぱいかかえて、守ろうとしている。こんな、今は自分より非力なものにすがりつくようなまねをしても、それでも。

祈るように伏せられた繊細なまつげがふるえているのかくすぐったい。
勝手なおとこだ。贖罪もざんげも好きにすればいいけど付き合わされるのなんてまっぴらごめんだと思って、でも雲雀の知らない世界でだってディーノはいつもわらっているといいと思う。楽しそうにへらへら。それが似合いだし、きんいろの太陽みたいな男にはふさわしいのだからそうだといい。

そうすれば、そんなせつない目をすることもない。



だから、ちょっとだけならこうさせていてあげるよ。

右手でくしゃり、ディーノの髪をつむいだ。