あまったれクリーチャー(090103) 雲雀の黒髪をわしゃわしゃ撫でつけ洗いながら、ディーノは地味にじーんと胸を熱くさせていた。 だってあの雲雀恭弥が。 しろい陶器のバスタブの中でおとなしく、ときたまふわあとのんきなあくびまでして目をとろとろさせながらディーノに頭を洗わせることを許している。 湯けむりにほんのり染まったピンクのほっぺたがだいふくもちみたいにふくふくしてかわいい。かわいいったらない。 はじめて顔を合わせたころはそれはそれは大変だった。 偉大な師匠のお達しにより、修行と称して山だの海だの川だの竹藪だのと雲雀を並盛からとおく連れ出し夜中まで武器を交えていたので、からだも服も泥だらけ血だらけ汗まみれになるのはもうしょうがなかった。 でもそつないディーノの部下はわれらがボスに不自由な思いをさせてなるものかと行く先々で情緒あふれる旅館を当然ぬかりなく押さえており、風呂も食事も寝床も不便するような思いはしないはずだったのだが。 旅館に泊まるぞーとぼろ雑巾のようになったかわいい弟子に声をかけたとたん、さんざんにやりこめられた雲雀はがくがくの力の入らない手足のくせにかんしゃくを起こしたこどものように暴れ出し警戒心をほどかないで「僕は外で寝る」などと主張するものだから、それはもうなだめすかしてせめてふとんで寝かせようとするのさえ一仕事だった。 (最終的にはやだやだ病を発病させて地面にしゃがみこんだ雲雀をディーノがずるずる力まかせに屋内に引きずりこんだのだが。) やっと室内で落ち着いたかと思えば何がそんなに嫌なのか、風呂に放り込もうとすればまたねこの子みたいにいやがる。今思えばやり込められることには慣れていないし並盛を離れるのもいやだし、とにかく何もかもが気に入らないうえディーノにも気を許していいものか判断しかねていたのだとわかるけれどもそのときはさすがにそんなところまでわかりかねた。 痛みにはつよい子なので、湯が傷にしみるのがいやだとかそういうことではたぶんないとは思っていたが、とにかくあばれてしょうがなかった。 殴る蹴る引っかくかみつくはあたりまえ、痺れを切らしたディーノが肩にむりやり抱きかかえて持ち上げれば首の動脈を狙って容赦なくかぶりついてくるものだからたまらない。むりくり押さえ付けて洗ってやるあいだ研いだ牙も爪も隠さないものだからディーノの背中も腕もあっという間に傷だらけになった。 しかも、雲雀恭弥のつけた傷だ。たわむれの引っかききずなんてかわいいものではない。おかげでボンゴレリングのあれこれが一段落してイタリアに帰ったら、とたん浮気を疑われいとしい恋人から平手打ちを食らってふられた。 でもまあそれもしかたないか、とディーノは思っている。 だって恋人には代わりがいるけれど、目の前のかわいいかわいいまな弟子に代わりはいないのだから。あの不遇の日々も、今眼下で繰り広げられている雲雀のかわいさの避けて通れない前段階だとするならばそれはもうしかたない。 それを、平手を食らった頬を心配してくれた部下に告げるとうんうん、とあわれみみたいな目で見られたけど全然気にしない。 ちょっと微妙な気持ちにならないでもなかったが。 「ねえまだ?」 まあるいひざこぞうをもぞもぞさせて雲雀がちょっと振り返る。 もうあついんだけど。 上気したあかい目じりのふちが不満を訴えてくる。目は口ほどにものを言い、とは昔の日本人はまったくうまいこという。 また機嫌を損ねてはいけないので、ディーノは慌ててさんざんに泡立てたシャンプーの泡をぎゅうっと絞ってバスタブに捨ててから、つやつやしたおでこにやわくくちびるを落とした。 「シャワーするから目ぇつぶってろな。」 ぱっちり開いたままの大きな目にも、ちゅっと音をたててふれてやればまぶたは素直に閉じられる。 ああ俺の弟子はなんてかわいいんだろ、とディーノはにやにやしてしまう。世界中に自慢したい。 かわいいつむじのとこからお湯をかけてやる。ばっちり覚えた雲雀のお気に入りの温度で。ディーノの大きな手なら、いっそ片手で隠れてしまいそうなちいさな頭を壊さないよう、そっと髪に指を入れて根元までお湯がちゃんと流れるように梳いてやる。 黒い髪からあふれ出たこまかい泡がつるつるの肌を伝っていく。水は玉になって弾かれて、若いっていいなあなんてディーノはひとりで勝手にほほえましい気持ちになる。 「ほら恭弥、きれーになったぜ」 おしまい、と髪の毛の水分を払うと雲雀はふるふる首を振った。ほそい、折れてしまいそうな首だ。大事にせねばならない。 拭いてやろうとして、バスタオルが手近にないことに気づく。こんなことで部下を使うのは忍びないが、雲雀を拭かねばならないのでここはしかたなくディーノは腹心を呼んだ。 「おーいロマー!」 「なんだあボス?」 答えは疑問形だけれど、浴室の入り口からひょっこり顔を出したロマーリオの手にはしっかりバスタオルが携えられている。まったくできすぎた部下だとディーノはまたじーんとした。 「すまねーありがとな」 ホテルのふかふかのバスタオルを受け取ると、ディーノは大きく広げて雲雀のちいさな頭を、ガラス細工でも扱うみたいにそーっと包みこむ。 雲雀はそうされてあたりまえという顔で平然としている。 あくびなんてしている。 「……ねむたい…」 「こらこら、まだ寝んなよーこのあとドライヤーしてやるからな」 くしゃくしゃと一見雑に見えるけれど、ディーノの手つきは丁寧きわまりない。いっそ愛撫みたいな指先で雲雀の髪のしずくを拭い拭い、有能なボスっぷりをいかんなく発揮している。 「いいよ、もう。」 「だめだって。恭弥すぐ風邪ひくだろ?」 「ひかないよ」 「髪乾かしたらアイス一緒に食べような。恭弥がこないだうまいって言ってたの用意してっから」 「…」 話題を逸らして言うことを聞かせる小技も慣れたものだ。アイスに興味をそそられたらしく、雲雀はそれきりおとなしく黙っている。 しかも当然のようにドライヤーもディーノにあてさせるつもりらしい。この調子では服もディーノに着させる気ではあるまいか。 件の修行に同行していたロマーリオはもちろん二人の、というか雲雀を手懐けるまでのディーノのそれ相応以上の苦労を知ってはいるのであの恭弥をよくぞここまで、というおかしな感慨もなくはない。 なくはないのだが。 「ほい、恭弥パジャマ着ろー」 ぽんと手渡した寝具一式をねむたい雲雀がのたのた身にひっかけまとったところでそこから先は俺の仕事といわんばかりにかいがいしくボタンをはめだす姿はどう考えたって異常だ。 これではまるで恋人同士である。 イタリアに帰国した際、ディーノは恋人に振られたのは恭弥のせいだひでえなどとのたまっていたが、一概にそうも言えないだろう。 こんな調子が続くならそれこそ恋人はしばらくできまい。そんなことももしかして自分が教えてやらねばならないのだろうか二十歳をとうに過ぎた坊ちゃんに?と有能な部下はちょっと首をかしげた。 そのかしげた首のまま顎をしゃくって寝室に移動したふたりを見遣るとディーノは先ほどの宣言どおりドライヤーを握って嬉々として雲雀をかまい倒している。 長い足のあいだに雲雀をちょこんと座らせて、ディーノの胸に背を預ける格好。心なしか雲雀もごきげんそうにくちもとをゆるめている。 つまるところ、雲雀は尽くされるのはきらいでないのだ。そしてマフィアのボスはかわいいかわいい教え子に尽くしまくるのがロマーリオが思うよりずっと大好きらしい。 「…」 もうあとはディーノがドライヤーに失敗して雲雀に殴られようが蹴られようが、ロマーリオが関知するところではないだろう。 犬も食わねえなあ、と有能な部下はそっと寝室を後にした。 |