あまったれクリーチャー つづき(090104)






眼鏡の奥の目はいたって冷静。ぱらぱら書類をめくる指先もとまどいなく。執務机でなくソファなので、休日出勤といった体だけどもしっかりきっぱりボスの顔、だ。

「……なあボス」
「んー…?あ、ロマ。この件もっかい確認してくれねー?」
「おう…」
ロマーリオは先日からうつらうつら抱いていたわだかまりを思い切って尋ねてみようとしたが、書類を数枚付き返されタイミングを逃した。なんかうまくかわされた気もする。

(…いや、天然だった。)
多分。

わだかまりの種のひとつぶは、ディーノのひざの上くうくう寝息をたてている。寝顔だけ見ていればまるでおとなしいこどもだ。
これが雲雀恭弥でないのなら。
紫黒の毛並みをとかされてきもちよさそうにしている。ディーノの指先も、それはそれはやわい。こわれものを扱うみたいにていねいに雲雀の髪のひとすじをつまんだりくすぐったり。いっそ砂糖菓子みたいにあまったるく溶けてしまいそうでロマーリオまでむずがゆい。

べつに何の自慢にもならないことではあるのだけれども、ディーノは今まで女を仕事場に入れたことはない。はべらせたことも。パーティーなんかで不可抗力の場合は別として、この年でこの顔でたいそうもてるわりにわりかしまじめで神経質。
というか寝ても覚めてもそばに置きたい溺れるほどの恋をしたことがまだないんだろう。それは多分に有能な部下の、年若いボスへの敬愛と杞憂からくる過剰な統制と制限と監視によると知ってはいる。

(…そこいらのに女にたぶらかさせるわけにゃいかねえもんで)

「なーボス」
「んー?」
書類が途切れたタイミングを見逃さずこちらのペースに引き込むくらいは許されるだろう。
「最近ご無沙汰じゃねえのか」
「?なにが」
「こっちのほう」
女とそれにかかわるもろもろだとジェスチャーしてやれば、若かりし「ディーノ坊ちゃん」の顔に時間がちょっと巻き戻る。
「……そーなんだよ〜…」
へにゃっと情けなく表情を崩してうなだれるさまの素直さを見ていると、ほんとにほんとに、ボスだとかキャバッローネだとかぜんぶ関係なくディーノにはただすこやかに幸せであってほしいとロマーリオの胸はぎゅっとなる。
「初めてじゃねえか?こんなに切れ目あんのは」
「だよなーだよなーそーだよなぁ!…なあ、俺最近老けた?22にして…ていうかいけてねぇ?なにがだめ?」
「………全然思い当たんねーのか?」
「ぜんぜん」
真顔で答えるディーノは、数ヶ月前の自分と今現在の自分はまったくお変わりないと真剣に考えているらしい。ロマーリオに言わせればそれこそ天と地ほどは違うと思う。
「なんだよロマ!老けたんならはっきりそー言ってくれ!傷つかねぇから!」
「……最近日本とイタリアの往復多くて忙しかったからじゃねえの」
実際今二人が腰を落ち着けて仕事しているのは日本のホテルだ。ツーフロア貸し切っただだっ広いスイート。
「えー…いや、関係ねぇよそれは…そんなん理由にならねぇ…」
ディーノは口の内側でぶつくさ言っている。いつも「ボス」なディーノのそれなりにこどもっぽいうぬぼれを見て好ましく苦笑いしたのもつかの間。

「ん…」
今の今まで安らかにまどろんでいた雲雀が眉をかすかに寄せて身じろいだことでディーノの意識はもう簡単にさらっていかれた。
「どした?恭弥」
髪をいじっていた手をとめて、わずかな声を聞き取ろうと雲雀のくちもとに耳を寄せる姿はいっそ献身的ですらある。
「…さむい……」
雲雀の欲求のだいたいは、さむいねむいだるいおなかすいた帰るのどれかだということはもうとっくにロマーリオも承知なので、どの要求にも応えられるよう用意良く立ち上がっていた足でベッドルームに向かいうすい毛布をディーノに渡してやった。
「ロマわりーな。…恭弥、寒くねえ?」
「…」
ふんわり広げてなよやかにかぶせられた布地は、しかし前もってあたためられていなかったせいで、眠って温もった体にはすこし冷たかったらしい。もぞもぞ起き上がると雲雀はついさっきまで頭を預けていた膝のうえに最後の力を振り絞って乗り上げるとそのままディーノの首にゆるく腕を回した。
「……ねむい…」
「先ベッド行ってな?」
ずり落ちた毛布をディーノが引き上げて雲雀の肩をもう一度覆ってやる。
ついでにこちんと額同士をくっつけて、くちびるが触れそうな距離で言い聞かせるみたいな口調でささやく。
「やだ…」
雲雀は暴れ回って否定するだろうが、なかよしの師弟が最近はベッドまでおなじなのはキャバッローネの重鎮の知るところではある。借り切りのホテルなのでそもそも雲雀の部屋は別に用意があったのだが、体温が高くて寒がりのまるでこどもな弟子はディーノが湯上りにせっせとあたためたベッドでぬくぬく寝るのがいつの間にやら気に入りらしかった。草履を懐であたためる、じゃないけど。どこまでも尽くされるのは嫌いでない暴君だ。

「じゃあちょっと待ってな」
しょーがねーやつ、と口先ではつぶやくくせにそのてのひらはまた雲雀のあたまをやさしく撫でている。くちもとにはほほえみだ。
そこらの女がうっかり目にしたら卒倒しそうな。
「…ボス、キリもいいとこだし今日はもういいんじゃねえか。恭弥もほんとに眠そうだ」
ローテーブルに重ねてあった書類をかさかさ集めるディーノの右手からそっとそれを掬い取って両手でとんとん束ねた。
「…そだな。ロマーリオ、お前も休めよ」
「おう。そうさせてもらうぜ」
そろそろニコチンも切れてきたことだし、とロマーリオはネクタイを緩めがてら懐に手を入れて煙草を取り出しつつ早々に退出しようとしたら。

「…なーロマ、さっきの話なんだけどさ」
雲雀の頭をひたすらよしよししながら、でも口を尖らせたディーノが上目遣いに見てくる。
「?おう」
「実際俺がいけてねーのかもしんねぇけど」
いけてない、というよりはまとう雰囲気がもうだめなんだろう。かわいい子に夢中でしかたありませんというオーラに女は特に敏感だ。誰だって勝率の高い時に狙いたい。
「最近、どんな女の子見てもさ。前みたいに、あんまこう…ぐってこねえんだよなー…」
なんでだろ、と心底不思議そうに言う。
その顔がまるでこどものままで、ロマーリオはついかみ殺し損ねた笑いを漏らしてしまった。けっこう盛大に。
「ちょ、ロマなに笑ってんだ!」
「そりゃもうしょうがねえよ」

マフィアのボス然としていたってディーノもまだまだお子ちゃまということだ。年相応にガキくさくってかわいくておおいにけっこう。今ソファのうえでべたべたしているディーノと雲雀なんて、子犬と子猫のじゃれ合いぐらいあいくるしい光景にすぎない。
そのうち気づいてあたふたするのか、ディーノがいつものたらしっぷりを発揮するのかどうするのか、見ものだなとちょっといじわるにロマーリオはひらひら手を振って今度こそ部屋を後にした。