あたたかなうそ(090110)






中学校の屋上も、もうとっくに冬の気配に侵食されているのをべったりともつれるように座りこんだコンクリートのつめたさで知る。皮膚の表面から、有無を言わさずずるずると体温をすべり落とさせるいやらしいつめたさだった。
夕暮れをあっという間に飲みこんだ夜のとばりがうすい灰色の校舎を黒く塗りつぶして、体感温度はいっそう下がっていく。

同じように、よりはもうすこしぐったりとへたりこんでいるディーノのかわいいかわいいまな弟子(本人は認めないだろうが)もそうなんだろう。ディーノとはす向かいのフェンスにもたれかかっている肩のふるえかたは、あがった息のせいではなく寒さのせいだろうと思う。下半身と上半身の半分をコンクリートにあずけているような状態なので、当然といえば当然だった。それをちいさくみとがめたディーノはよっこらせと立ち上がって近づく。雲雀の気をたたせないようゆっくり。

雲雀の目の前二歩手前で膝を折ってその黒い目の真ん前にしゃがみ込んだ。規則正しくひそやかに息を整える雲雀ののどもとをじっとみる。
しろく、まだ成長途中の繊細な細さ。ディーノの手で、簡単に手折ってしまえそうなあやうさだった。酸素を求めるのどのひきつりが徐々になくなり、それにしたがってうすい胸の上下もしだいに落ち着いてくる。そのすこやかさに目を細めた。
「なに、みてるの」
さきほどまで疲労のためかいささか呆然としていた目にするどい光を取り戻した雲雀が、手の中の武器を掴み直す前にそのゆびさきに手をのばした。
「恭弥、さみーし今日は終わりにしようぜ。…ってつめてえ!!!」
そうっと、驚かせないよう細心の注意をはらってふれたはずなのに、触れた雲雀のつめのさきがあまりに冷えていてディーノは大声をあげてやっぱり雲雀をびっくりさせてしまった。
「な、なに。大声出さないで」
さわられるのをいやがる猫の反射のようにぱっと手を引こうとしたのをおいかけて、ディーノはてのひらに雲雀のゆびをおさめてしまう。
「おまえおかしいぜ。手ぇつめたすぎる。」
「…うるさいな。そんなの僕の勝手だろ」
「勝手じゃねーよ」
はーっとなまぬるい息を吹きかけられて背筋がぞわぞわした。ぐっと力を込めて腕を引いてもディーノはそしらぬふりをしている。
「離して。きもちわるい」
罵倒すればすこしは傷ついたのか、しゅんとした顔をした。ほっと力がゆるんだすきにするりと手を抜き取る。
「ひでえ……まあでも、おまえ手足使う戦い方すんだからマジで指先は冷やすなよ。」
もごもごとコートのポケットをさぐったディーノは、ディーノの吐息の痕跡を消そうと手をこすっているひどい弟子のひざのうえに皮の手袋をぽんと落とした。
「これ、してろな。」
夜目にもわかる黄色っぽいなめらかな皮は、そう言ってわらったディーノの目の色にすこし似ていた。







「おまえ…俺があげた手袋なんでしてねーの」
翌日、中学校の外の道路で雲雀の下校を待っていたディーノは素手の雲雀をみつけてあからさまに落胆した顔をしている。かわいそうなくらいしょんぼりだ。しょげた顔をほんのすこし満足に思いながら、雲雀はうそをついた。
「……忘れたんだよ。」
昨晩、「あしたは並中の裏道行ったとこのイタリアンに行こうなー特訓はそのあと!」と一方的にずるい提案をしてきたディーノをしんそこばかだと思う。いることがわかっていて、手袋をつけてのこのこ出て行くなんておろかなことを雲雀はしない。そんなことしようものならどんな事態になるのがだいたい検討がつくというものだ。雲雀はりこうなのだ。
「…しょーがねえなぁ」
ほら、となんでもないことのように左手をさし出される。怪訝にひそめた雲雀の表情を気にするでもないディーノに、冷えた右手を取られてぎゅっとつむがれた。
ぎょっとしたけれども、そのままあったかそうなディーノのコートのおっきなポケットにふたり分のてのひらをつっこんだらやっぱりすごくあったかくてきもちがゆるんだ。公道で何をするのかと殴り飛ばそうとしたきもちまで萎える。
(…まあ、もう暗いし。)
いっか。

こわばらせていた手から力が抜けた。
雲雀の表情のうつりかわりをじーっと読み取ろうとしていたディーノはぬくもりってすごいなあなんて感動した。あの雲雀の態度までもぐずぐずにできてしまうなんて。冬の昼間がみじかく、夜の訪れがはやいことを地軸と日本の冬に感謝する。雲雀は体温まですこし上がったようで、ほう、こぼした息はさっきよりこころもちしろい気がした。
「恭弥の手つめてー」
あったまれあったまれとなにがうれしいのか楽しそうにつぶやきながら、せまくるしいポケットの中で雲雀の手はかるく握られたりよわく離されたりする。母親がこどもにするようないとけないやりくちがちょっとだけかわいくてくすぐったかった。
そのまま歩きはじめたディーノにくっついて、しんしん寒い道を歩く。

「ぬくくなってきたなー」
ぽかぽかになってきた手をポケットから取り出してそっとはなす。怪我をしていたすずめを空へかえすような、めだかを川へかえすようなさみしさをたたえたやさしい目だった。
たまにディーノはそういう目をする。それが雲雀はきらいだった。勝手に、雲雀に隠してさみしがるのはなんだか許せないと思う。
「ねえ」
「ん?」
だから、「こっちも」とは言葉にせず無言で反対の手をつき出した。ディーノは一瞬ぽかんとして。それからふんわりわらって、雲雀の右に並んでいたからだを左に移動する。
またあたたかな手が雲雀の冷えた手をとり、今度はたからものをだいじにしまうようにポケットにおさめられた。握ったり離したりをくりかえして、温度をあげる。じんわりしみる体温は奪い取るのではなく分け合って二倍になった。
いつもばかみたいにうるさいディーノがなんにも言わないので、黙って歩く。

「な、もうそっちつめたいんじゃねえ?」
ふたたび冷えていく右手を所在なさげにしていると、知ってか知らずかディーノがまたからだの位置をかえてきた。
「おいおいもう冷え切ってんじゃねーか」
せっかくあっためたのに、とディーノはうれしそうにぶつくさ言っている。
「…明日から、忘れんなよ」
手袋。
おしおきのかわりみたいにごちっと額をぶつけられた。目的地の明かりが見えてきて、すこしディーノが足早になる。
「………忘れるよ」
あなたと会うときは。
ぽそっと吐き出したことばは、北風にとばされていった。でもディーノに聞こえていなくてもいいと思った。吸い込まれて消えてしまっていい、雲雀だけが知っていればいいひみつだから。上着のポケットにきれいに折りたたんでしまっている、ディーノとおなじ色をした手袋の存在を確かめて雲雀はすこし笑った。












春先、並盛中学に来ていたディーノが無邪気でかわいい弟分から「そういえばこの冬、あの薄着の雲雀さんがまいにち手袋してたんですよ」と聞かされて顔を真っ赤にしたことは雲雀のしらないひみつ。