(090112)






もうもうとたちこめていた煙がやがてほどけて、そこにはあたりまえだけど雲雀の姿はなかった。手を伸ばしたいきおいのまま支えるものもなく地面に突っ伏したディーノが顔をあげる。
鼻のあたまをすりむいたせいでひりひりした。また部下にばかにされてしまうなあと思う。
けむい空気をはらうようにゆっくりまぶたをもちあげると、そこにはちいさないきものがいた。

切れ長のおおきな目が、じっとディーノをみている。
深い深い黒い目があんまりにも誰かさんとそっくりで。
「…恭弥?」
起き上がりながらちいさく呼びかけると、かしげた首を上に向けてディーノをみたままこくんとうなずいた。
「やっべぇかわいー…」

すなおなさまに、ふだんさんざん素っ気なくあしらわれているディーノはじーんと感動する。ツナもディーノの背後から「うわあ…」と感嘆のため息をもらした。
「ちいさい雲雀さんだー…」
びっくりして泣き止んだランボやらかばわれて目をハートにしたイーピンやらもわらわらと寄ってくると、雲雀はさすがにいやそうな顔をしてむっと眉をひそめる。群れるのがきらいなのは昔かららしい。
「恭弥らしーな」
「ほんと」
ははっとわらってだっこしようとしたらやっぱりとまどった顔をしている。けれども、にこにこきらきら太陽みたいにわらうディーノを敵と思っていいのかどうか判断しかねているようだった。本人にはそのつもりはないのだろうが、値踏みするような視線が今とおんなじで。おかしくてついつい笑みがこぼれる。
まったくこどもだというただそれだけでかわいいのに、よりにもよってこれが雲雀なんだから。かわいくないはずがない。
「なあ、だっこしていいか?」
やさしくやさしく、こわがらせないようできるだけ顔を近づけてごきげんを伺うと困った顔をされてしまう。いとけないいきものにこんな顔をされると、まるですごく悪い人間になったみたいな気がしてちくりと胸がいたんだ。
いやがるのをむりやりするのもよくないだろう。残念だけど、ここは身を引くことにした。
「は〜…しっかし十年後バズーカってのはすげえなあ。これが五分しかもたねえなんていっそもったいねぇくらいだなー」
「ほんとですねえ」
「だよなー……って」
「…?」
ほのぼのしていたディーノがふいに表情をかたくする。まとう空気があまりに硬く変わってしまったことにこどもは敏感に反応するのか、ちょろちょろしていたランボやイーピンもからだをこわばらせた。
「なあツナ」
「はいっ?」
「…これ、十年後バズーカなんだよな?」
「はい…。そうだよな?ランボ」
ランボのあたまをなでながらツナが問いかけると黒い頭でっかちは首がちぎれそうなくらいこくこくうなずいている。
「そうだぞ、ツナ。」
どこから現れたのかリボーンの声が響いた。逆行を背負った影。

「リボーン!どういうことだよ!」
塀に軽く腰掛けたヒットマンにきつい調子で迫る血相変えたディーノの頭を、でもリボーンは家庭教師の顔でぺんっとはたいた。
「落ち着けディーノ」
「え、え?どういうことですかディーノさん?」
頭に疑問符を飛ばしまくっているツナも、ディーノに続いてリボーンのげんこつをくらう。
「いってぇ!!!なにすんだよリボーン!」
「ったく…そろいもそろってへなちょこ弟子は世話がやけるな」
くいっと顎をしゃくってディーノに説明をうながしたリボーンはおおげさにため息をついた。殴られたあたまをさすりさすり、ディーノが口を開く。
「ツナ…そりゃ十年後バズーカだろ?」
「はあ…」
「なんで十年前の恭弥がいるんだよ」
「…あ」
「しかもヒバリをよく見ろ。どー見たって三、四歳ってとこだぞ」
ぴょんっと塀からかろやかに飛び降りたリボーンが雲雀の前に着地する。
「ちゃおっす、雲雀。」
「……」
ぴくんとからだをふるわせたものの、おなじくらいの背丈のリボーンから雲雀は目をそらそない。この年齢でも強いものと弱いものとがわかるのだろうか。そうだとしたなら強いものへの興味も昔から、のようだった。
「さすがヒバリだな。…今いくつになった?」
「…」
リボーンのといかけに、まごつきながらも雲雀はまだみじかい指をぎこちなく三本たてる。
「ほら見ろ。これじゃ十二年前バズーカだ」
「…」
「完全に故障だな」
うんうん、ふかく納得してうなずくリボーンにディーノは押し迫った。
「故障、じゃねーだろリボーン!やべえって。…もう五分経ってるじゃねえか!恭弥どーすんだ!ツナ、今すぐ俺にそのバズーカ撃て!連れ戻…」
「落ち着けこのへなちょこ」
銃のグリップのところで容赦なくどつかれて、さすがに目の前に星が散った。一瞬たちくらんで倒れそうになったし純粋にただ痛い。が、ここで引くわけにはいかない。
「……落ち着いてられっかよ…あっちで五分経っていくら恭弥でも不安に決まってんだろ?」
恐るべき師匠に詰め寄っても、その相手はあいかわらずすずしい底の読めない目をしていた。
「だからって、お前が行ってどうすんだ。キャバッローネはどうする?いつ帰ってこれるかもわかんねーってのに、へなちょこ時代のおまえが今のファミリーをどうにかできるとでも思ってんのか?」
物言いも昔とかわらず容赦のかけらなんてなまぬるいものはない。
そしてリボーンの言うことはだいたい間違っていない。今だってディーノはぐうの音も出せなかった。
「だいたい、雲雀はボンゴレの守護者だ。ツナが行くならまだしも、お前に行ってもらう義理はねーぞ」
「…っ」

あたりまえのことを指摘されて言葉につまった。
結局、ディーノは雲雀のなんでもない。師弟関係なんてだからどうということもない。ディーノがそれを軽んじているかと聞かれれば答えは否だけれども、ボンゴレの守護者と別ファミリーのボスというふたりの立場から見れば師弟なんてことはほんとうにどうということもない関係だった。
わかっているはずのその事実を目の前につきつけられてなぜだかがんとあたまを殴られたみたいに呆然とする。さっき銃のグリップでなぐられたよりずっとひどいいたみだった。守護者として雲雀を鍛えたのはディーノで、雲雀がツナの助けとなることを望んだのもディーノなのに。けれど雲雀がほんとうにこまっているかもしれないときにディーノの手では助けてやれないこと。それがもどかしくてかなしかった。あたりまえのことが、ディーノのあたまをじわじわつめたくおかしていく。

「ねえ」
ぎゅっとジーンズのすそをひかれ、はっとした。
すこしも曲がらない視線で雲雀がディーノを見上げている。
「ぼく、おうちにかえれないの?」
しまった、と思ったときには遅かった。こどもの前で取り乱すなんてどうかしている。ちいさな雲雀はディーノなんかよりもっともっと不安なのに。しょうもない大人気なさがなさけなくてうっかりなみだが出そうになった。
「いや、恭弥…」
うそをつくことはかんたんなのに、まっすぐな目にどぎまぎしてうまく言葉をつむげないでいるうちに、つよいひかりをたたえた目はみるみるうちに水の膜を張りうるんでいく。
「恭弥…」
涙をこぼさないよう懸命に歯を食いしばっている口がへの字になっている。いじっぱりなところも今とちっともかわらなくて、こんな状況なのにどうしようもなくあまやかしてやりたくなった。守ってあげたい。ディーノがキャバッローネのボスで、雲雀はボンゴレの守護者でも。
「ごめんな」
ひざを折り曲げしゃがんでそうっとだきよせると、あまいミルクのにおいがした。ほんとにほんのこどもなんだから、心細くないはずがない。頭をなでて支えてやると胸のところのシャツをぎゅうとつかんでくる。ちいさなおさない手。でも思うより強い力だった。
心臓に耳をつけた体勢でおちついたからだに力が入っている。とくとう脈打つ胸の音を聞いているんだろう。
「おかあさん…」
こぼされたちいさなつぶやきに、胸の奥がぎゅうっとせまくなった。
雲雀が望んでも、望まなくても。
ああ守ってやらなきゃ、と思った。