シグナル(090113)






「なー恭弥ぁ…チューしてぇ」
「死になよ」

にべなくあしらわれてチェーと口を尖らすと、向かいのソファーからのびてきた指先にとがめるようにくちびるをつままれた。
かたちのいい親指とほそくて長い人差し指できゅっと上下を。
「んっ?」
一瞬むねがきゅんとしたけれど、コイビトのおしおきなんてかわいいものじゃなく、雲雀はいつだって本気だからほんとうにいたい。ひっぱりちぎろうとしている。ぎりぎりぎりぎり。
「んー!んー!!!」
きりきりつめをひふにめり込ませてまんぞくにとけたいい笑顔をしている。それがあんまりかわいいものだから、ディーノもむげにはふりきれない。ばかだとはわかっている。いちおう。ただいつもそのくりかえしで学習しないだけ。でもそろそろ血がにじみそうだなあと思っていると、ぱっと手が離れた。
「あなたいったい自分をいくつだと思ってるの」
引っ込んだ指先のかわりに、深く長いためいきがこぼされる。いつの間にか雲雀のほうが先生みたいだなと思う。できの悪い生徒をしかるような。
「えー…32歳…」
「ワオ、驚いた。意外と賢いじゃない。」
ふんと鼻で笑われて、もう一度むっとむくれてみた。確かに自分でも、そろそろ世間的にはこんなこと許されなくなっている歳だということはわかっている。なんてったって三十路なのだから。

「恭弥はつめてえなぁ…チューくらいいいじゃん…こんなに仕事がんばってんだからさぁ…」
ちらちら上目遣いにすねてみせても真向かいの雲雀はもうディーノを見ていない。草壁の上げてきた報告書に夢中みたいなふりをする。
でももうディーノはとっくに知っていた。ハタチのときとは違うのだ。かわいこぶりっこが世間的には許されなくとも、雲雀はそれをあんがい許してしまうこと。
ほんとうは、雲雀はディーノにあまえられるのがきらいでないこと。口ではぶつくさ文句を言いながら、じつはあまやかしたがりな雲雀のことも。
知ってしまった。
「あーあ。恭弥が相手してくんねぇから仕事でもするかぁ」
サイドテーブルに積んであった書類の束を膝の上に移動させて、胸ポケットから眼鏡を取り出した。
本気のあいず。
俺、本気で仕事に取り組んじゃうぜ。

「…ちょっと」
そしたらほらきた。
「誰がだめって言ったの」
不機嫌そうにほんのちょっとくちをとがらせる。誰かさんに似てるぜって言ったらたぶん、まずはぶん殴られてそのあと小突き回されるんだろう。
「んー?」
「するならさっさとしなよ」
王様の態度で命令する、気位のたかいねこに今でもそうとうまいっている。
「…りょーかい」

雲雀の腰掛ける玉座とディーノのソファのあいだのローテーブルに音をたてず腕をついて、からだをのばす。いっそ靴の先にキスしそうないきおいで下からすくいあげうやうやしくくちびるをかさねると、めがねのふちが雲雀のやらかい肌にぶつかってかちゃっと濡れた音をたてた。
金属の感触が不愉快だったのか、わずかに雲雀の眉がぴくり、ひそめられる。でもすぐほどけてしまったのをまなじりで確認して、さらに深くくちびるをあわせた。

見逃さない、と思う。雲雀のどんなちいさな合図も。
やきもちもわがままも不機嫌もごきげんもやさしさもくすぐったいあまえたも好きだよもぜんぶ。まばたきする間だってほんとうは惜しいくらいずっとずっと見ていたい。だから、ディーノもいつも送り続けようと思う。ときどきはあからさまに、たまにはちいさく。たくさんのいとしい合図を。雲雀が気付いても気付かなくても。両手に抱えきれない百万本のばらの花より、燃えつきながら夜を駆けるほうき星の流れよりうんとたくさん。
好きだよ。