シュガーコートシュガーキャンディー(090118) がらにもなく従順に伏せられてかすかにふるえるまつげの、繊細な長さにみとれた。 「なー恭弥、」 「…」 「恭弥ってば」 「………なに」 ソファのおとなりにすわっているというのにこのそっけなさ。 (そこもかわいいんだけど) でも、おとなりにすわることを許されていること自体がそもそもすばらしい進歩なのだ。忘れてはいけない。蓄音機からアイポッドへの進化くらいには価値のあることだということを。そばへ寄るだけで武器を持ち出していたあの日々を思い出しながらディーノはひとり、みずからをいましめる。 その証拠に、だって雲雀は手元の文庫に目は落としているけれどもページがめくられる気配はないから。ディーノのことばをまっている。 わかりにくい、でもわかるとものすごくかわいい雲雀の意思表示がひどく好もしくいとおしい。きゅんとする胸のときめきを指先にのせて黒い髪をもてあそんだ。人差し指と親指のあいだをつるつるすべる芯の通った張りのある手ざわりは雲雀そのものみたいで、いつまでも楽しんでいたくなる。 「かみ、のびたな」 前髪をつまんでかきわけてやると切れ長の、すずしげでおそろしく澄んだまなじりがあらわになった。いつも底にはぎらぎらしたほのおをともしている目が、いまはただ静かに水をたたえて水面おだやかにまばたきをしている。 「目、悪くならねぇかな?」 「さあね」 さっと手が振り払われて、目の前に他人の手があることは不愉快だったのだろうと反省した。怒らせてもいけない。 「帰り、送ってくとき床屋寄ってやろーか?」 「いいよ。めんどくさい。」 「うーん、でもこれ目にはいりそうだぜ」 つややかな黒がさらさら揺れて目元に影をつくるさまはたいへんうつくしくディーノは好きだけど、やっぱり目にはよくない気がした。 「けんかするときも邪魔になんねーかな?」 殴り合いをしているときに目に入ったらそれこそ一大事だと思うと急にそわそわ心配になってくる。けんかさせないよう常時みはっていることは残念きわまりないができないし、けんかをするな、なんてのれんに腕押しぬかに釘ぶたに真珠風前のともしびだ。いくら雲雀に言い聞かせたってたぶんぜんぜん意味がないことなのでそれはあきらめている。 そこいらのたかが不良なんかが雲雀にきずひとつつけることはできないともちろんあたまではわかっているけれども、心配なものはどうしたって心配なのでもうしょうがない。 「いや、なるだろ絶対。恭弥、やっぱ帰り床屋に」 心配しだすととまらないようで、ひとりにわかに青ざめだしたディーノをうっとうしげに見やって雲雀は文庫を閉じた。 「うるさいな。そんなに気になるならあなたが切ったら。」 ベッドのシーツをはぎ取り、ほっそりしなやかにのびた雲雀の首に巻きつけてディーノは自分の前髪をとめていたヘアピンで刺した。雪をうつしたようなうなじのしろさにめまいがしたのはとりあえず黙っておく。 「苦しくねぇ?」 「さっさとして」 さっきまでふたりで座っていたソファを動かすのは大変そうだったから別の部屋にあったちいさな赤い、布張りのバーチのいすを運んできた。それも、おとなしく腰掛けている雲雀ごと大判のシーツは覆ってかくしてしまう。テラスに出ることはロマーリオにきつく禁止されてしまったので(でも髪用のカットはさみは買ってきてくれた。)髪が飛び散ってもいけないと思い床といすのあいだにもシーツをひいたので部屋はいちめん白い布の海になった。 窓からさしこむやらかい冬の太陽が波間に照り返してちょっとまぶしく、目を細める。じき慣れるだろうとふんでいたけど、慣れを待つ間もなく日のひかりをあびてとろとろねむそうにしているいとけない雲雀を見ていると早くもどうでもよくなった。われながらちょっと現金すぎる。 「あたま、動かさないでくれよ」 まずは失敗しても被害が少なそうなうしろの髪から。ホテルのくしでなくディーノのブラシを入れて全体をとかすと毛づくろいされてるねこみたいにきもちよさそうにしている。 (かわいいなあ) ちょき、銀色にひかるはさみを入れた。ぱらぱら黒い糸がしろい布にすべりおちる。おっかなびっくりな手付きが伝わってはいないだろうかと心配になったけど、雲雀はおとなしくしていた。 ままごとをしているような。日の射す海のなかのちいさな箱庭。 まっしろだったうなじがさっきよりほのかにあかく血の色をにじませている。上気したすべらかなそこはあたたかくディーノの指先のこわばりをほどいていく。とくとく、血の流れるおとが指紋やつめのすきまからしみてくるような気がした。あとからあとからわいてくる、かわいいなあというきもちを噛み締めるようにおもった。 ちょっとずつちょっとずつ慎重にはさみをすすめたおかげで後ろがわはかなりうまくいった。かわいいうなじがあらわになっていないできちんと隠されているところもディーノ的にはすごくいい。首筋に散った細かい毛をふーっと吹く。 「くすぐったい…」 「わりーわりー。でもこれでうしろは終わりだからな」 くしゃくしゃ髪をかきまぜて切った髪を払い飛ばしまた撫で付ける。雲雀の背後から前にまわって、ととのった顔を見るといよいよ前髪だとせっかくいいかんじにゆったりしていた気分がまた緊張した。 「はやくしてよ」 かたまったまま微動だにしないディーノを不審げに眉を寄せ見上げた雲雀は、けれどきつい表情をふとゆるめる。 「ちょっと」 「ん?」 態度でこっちへこいと呼ばれたので膝をついて顔を寄せた。腰掛けている雲雀とおなじくらいの目線になって、見上げるでも見下ろすでもなくまっすぐ視線が合う。 雲雀がシーツのなかからのばした手できんいろの生え際をごしごし拭く。ちょっと力が入りすぎな気もする。集中しすぎていたせいかそこにうっすら汗がにじんでいたらしい。布越しの雲雀の手のうごきはあどけなく年相応にこどもらしかった。 「…ありがとな」 「いいよ」 ふんと勝ち誇った顔もこどもっぽくていい。ほほえましくて、ディーノもわらう。 「よし。もーちょっとガマンしてな。あと前だけだ」 目つむって。 普段なら絶対聞いてくれなさそうなお願いを雲雀はすんなり聞いてくれた。意外とごきげんなのかもしれない。ふんわり何度か目をぱちぱちさせて、それからまぶたを閉じる。 ふだん意識があるときに人前で目を閉じたままにしているなんてきっとありえない子だ。慣れないことに、かすかにふるえるまつげの繊細な長さにみとれたまま前髪をもちあげるふりをしてわざとそこへ触れた。神経ばかりがよりそう、たよりなくやわい器官。まぶたごとぴりぴりふるえて、それでも目を閉じている。 「………ありがとな」 動脈もせき髄もさらして視界も閉ざしたままの雲雀にもう一度ディーノは言った。 ディーノという他人にはさみを持たせ髪を切らせることを以前の雲雀なら絶対に許さなかっただろうし、きっと。いまだって。 だから、雲雀の目の前ではさみを握ることをゆるしてくれていること。いのちにかかわるだいじな場所をあずけてくれていること。それを。 一瞬ふしぎそうな顔をした雲雀は、けれどもすぐ「いいよ」とひとみは閉ざしたままかすかにわらった。 →あまったれクリーチャー/あまったれクリーチャーつづき |