(090118) 日本滞在中に泊まっているホテルにちいさい雲雀をだっこしたまま戻るとあたりまえだけど一部幹部のあいだで大騒ぎになった。 ボスいつの間に、だの手ェはやすぎだ、だの好き勝手言う黒服のいかつい男たちをいなして割り当てられている部屋に戻る。 「はー…」 ばたん、ドアを閉め一呼吸ついた。 「恭弥」 おびえさせたかも、と心配になってコートのうちっかわに抱き込んだ雲雀をそーっとのぞく。うとうとしていたのでほっとして、揺り動かさないようカニっぽい足取りでベッドへ平行移動してふかふかのしろいシーツのうえにやっぱりそーっと下ろした。まだとべない小鳥をとりかごからはなすみたいに。 「…さむくねぇ?」 「…んーん…」 シーツとはちがう、血のいろがすけるようなしろいふにふにのほっぺたをつんつんつつくとむずかってあたまをふる。こんな事態だけど、やっぱりかわいい。自然にほほもゆるんでしまう。 「ごめんごめん」 「…」 「ねむかったら、寝てな」 「…」 「俺、やんなきゃいけねーことがあるからな」 「…」 今より暴力的でもないぶん、さらにもうすこし話さない雲雀がなにをかんがえているのかディーノにはまだぜんぜんわからない。それでもなるたけ安心させてやりたくてあたまをぽんぽん撫でて離れようとしたら。 「…???」 よわい引力で引っ張られていた。 ちいさな手にくっとコートのすそをつかまれている。 「こらこら、あぶねーぞ。恭弥が転がり落ちるだろ」 「や」 みじかいゆびをほどこうと手をかけるとますます力が入ってしまった。血の気をうしなうほどつよい力。いっそいたわしいくらいでディーノの眉間もせつなくなる。どのくらい力を入れても大丈夫なのかもわからなくて、ディーノは困ってしまった。うーんと右腕であたまを掻きながらベッドのふちに腰を落ち着けると安心したのか、こもっていた力がゆるんでほっとする。左腕で雲雀のあたまをまぜるとさらにすこし指がほどけた。 「いいこだな、恭弥」 「………おかあさんは?」 さきほどまでうとうとしていた雲雀はすっかり目がさめたようで、今度はまたしゅんとしだす。 「…恭弥のママはな、恭弥をつれてけないおうちでおるすばんしなきゃいけなくなったんだ。」 雲雀が時間をこえておでかけしているから。きっと、心配で心配でたまらないだろう。ディーノはまだ見ぬ雲雀の両親を思ってまた胸がぎゅっとなった。だってこんなかわいい子が突然消えてしまったのだ。あたりまえだ。 「…ほんとう?」 「…ああ」 「おとうさんは?」 「パパもいっしょだ」 「だから、ママとパパのおるすばんが終わるまでは俺と一緒にいてくれるか?」 「…」 「やだ?」 答えない雲雀の、こねこの毛並みみたいなつるつるのやわらかい毛を撫でる。高層階のホテルの窓は太陽の光をいっぱい取り込んで雲雀のくろい髪をじんわりあたためた。 「………くろいぼうしの子が、おじさんはおとうさんのともだちだって。おまえのみかただって。」 「おじさん…」 まあ三歳の子から見ればしかたのないことだろうと思う。しかしリボーンの入れ知恵に心の中ではいちおう毒づいておく。 「それで、恭弥はいやじゃねーの?」 「わかんない…」 「おいおい、知らないひとについてっちゃだめだぜ?」 「…そんなのしってる。でも」 今この立場でディーノが言えたことではないけれども、こんなかわいいいきものを前にかなり心配になってしまい思わず教育的指導をしてしまった。今後のためにも知らないひとについていってはいけないことは教えておかなければ。 「…でも?」 聞けばいろいろしゃべってくれていたのに、急に押し黙ってしまう。怒られたと感じたのかもしれないと思ってディーノはちょっとあせった。 (…どーしよ) さっきまで、りんりんした黒い目でちっとも気後れすることもなくディーノを見ていた目も今はちょっと伏せられて、視線はシーツに落とされている。 視界の端でちくちくと表示を変化させるデジタル時計の文字盤がわずらわしかった。こんなちいさな子をまえにばかみたいにディーノも緊張していた。 実際は二、三分だったのだろうけどずいぶん長いことしんとしていた気がして、ディーノがむりに言葉を引き出すことはやめようとあきらめかけたら。 「でも」 雲雀がくちをひらいた。 「ん?」 うすいくちびるからのぞくちいさなエナメル質がつやつやしている。 「ぼくは、すき」 あなたのこと。 乳歯とおなじすこやかさですこしも混じりけのない好意を口にされて心臓が握りつぶされそうになった。これはひどい。 「…俺のことすきになってくれたのか」 とまごいがちにこくんと首をたてにふって。 「あったかい。」 ぬくもり。やさしさ。いとしさ。しんぱい。うつくしみ。 他人から向けられる好意に、おさないからこそ敏感なのかもしれなかった。まだ人というよりどうぶつかかみさまの方に近い存在は、おとなよりも直感が発達しているって聞いたことがある気がした。 いやならてこでも動かないのがディーノの知っている雲雀だ。それはたぶんもってうまれた気質で、そんなにころころ変わるものでもないだろう。あたまで考えたことじゃなく、いきものとしての触感でディーノを敵でないとそう感じてくれたことがうれしかった。 「…ありがとな」 「いっしょ?」 ディーノの服をにぎった手を布ごと覆ってぎゅっとつなぐ。 「いるよ。いっしょだ。ずっと。」 まっすぐな子に、きずひとつつけないで絶対にもといた場所に帰してやる。そして、かわらずまっすぐな子をきっとむかえにいこうと思う。 ひとりきりの決め事を胸の奥にきつくとどめて、それでもやっぱり力加減はわからないディーノはそーっと雲雀を抱きよせた。 |