きみが思い出になるまえに(090201) うっかりかぜなんてひいてしまったディーノはホテルのベッドにうずもれてうーんとうなりながら汗をかいている。ぞぞぞと背筋をかけあがってくる悪寒はつめたいのに、あたまは上がった体温でぼんやりする。熱いんだか寒いんだかわからない。 リボーンに言われるまでもなくわれながら肝心なところでほんとにへなちょこだとしょんぼりする。ほんとうならいまごろイタリアへ帰国して愛すべき部下たちによって盛大に誕生日を祝われているはずだった。 毎年のことだけど今年も例にもれず部下たちの準備にそうとうな気合いが入っていることは知っていたしディーノも気付かないふりなんてしつつ、そわそわ楽しみにしていた。それがぜんぶパーだ。ロマーリオは「まあ後祝いってのはそう縁起が悪くねぇもんだっていうぜ」となぐさめてくれたが、そういう問題ではない。ディーノを慕ってくれるものが楽しみにしていて、ディーノも楽しみにしていたことがディーノのせいでふいになってしまったのだ。大量の料理とケーキは俺抜きでもちゃんと食えよと言っておいたけど、どうなっただろう。ちゃんとみんなで食べてくれたろうか。 ああ申し訳ないとひとりきりのベッドで寝返りをうちながらうんうんあえぐ。熱のあがったあたまでは後悔だのざんげだのの他にたいして入り組んだことを考えられるわけもなく、複雑な思考回路はシナプスをつなぎもしない。しかしてディーノはいつのまにかうとうとと寝入ってしまった。 ねむる前のざんげのきもちはどこへやら、ディーノがけだるくまぶたをもちあげるとぷーんとのんきないいにおいが部屋中にただよっている。 ほのかにあまい、こげたにおい。しあわせのにおいだった。 (なんだ…) ほのぐらい部屋でもそもそ身を起こすとおでこにはったひえぴたがぺろんとはがれてぼとっとシーツに落ちる。つまみあげるとなまぬるくなっていて、役目を終えたそれを名残惜しくごみ箱にほうった。うでを振るったその動きがつめたい空気をきったことでゆびさきから寒気がふるっとまたかけあがってくる。寝ても寝てもあんまりよくなっていない気がして、ひとかたまりのもったり重いためいきを吐いた。当然だけど熱っぽい。 間接照明しかないベッドルームではひえぴたがちゃんとごみ箱に入ったかはわからなかったけど目線を動かしてそれを確認することさえもおっくうだった。上着をはおるのもめんどうで、とりあえずパジャマのまま室内履きだけひっかけてふらふら寝室を出る。スイートルームというのは無駄に部屋が多いのだ。 赤い顔でリビングを抜けてよたよた応接に向かうといいにおいがいっそう強くなった。ちょっとつまってしまった鼻でもわかる。 「ロマーリオー?」 ひょいとのぞくと呼んだ部下はいなくて、かわりにそのひとよりふたまわりくらいちいさなせなかがなにやら真剣にテーブルに向かっていた。 背もたれの高いいすにじゃまされて、手元がよくみえないからなにをやっているのかはよくわからない。なみだ目なのでよけいに。 「…きょうや」 でもいつもとかわらない姿勢のいいぴんとのびた背筋は、どうしたんだとかなにやってるんだとかかるく声をかけるのもはばかられるほどはりつめていたのでディーノは名前を呼んだだけで、ばかみたいに入り口につったっていた。 (鉄板…?) 雲雀の手元には黒い平らなぴかぴかしたものとかまるっこいガラスの器とか棒っぽいものとかいろいろある。それ以上はやっぱりよくわからない。ぱっと見、なんだかしんちょうな実験をしているようにも見える。 少なくともいまこの部屋を借りているのはキャバッローネでディーノはそのボスなのにこんなに肩身がせまいとはいったいどういうことだろうかと少々疑問に思いながらもくちをつぐんだまま、ちいさな背を視界におさめてからゆっくりとまばたきをしてうるんだ目をとじた。 「ちょっと」 「…おわ、」 「ばかみたいに立ってないで座りなよ」 立ったままうっかり意識を取りこぼしていたらしい。さっきまで真剣にいすに座っていたはずの雲雀が目の前に立っていてびっくりする。突然のことにおたおたしているのと、ぼうっとしているのとでいつもの倍動きがのろい。 何かを待つ気なんて生まれたときからあまりもちあわせていなさそうな雲雀はそれが気に入らないのか、のたのたしているディーノの二の腕をつかんでぐいぐいいすのところにひっぱっていく。半ば強制的に着席させられた。 「あなた風邪ひいてるんでしょ」 「ん?あー…まあな」 「どうしてそんな薄着なの」 ばかじゃない、と言われてまたしょんぼりする。そうだ確かにばかなのだ。ディーノのせいで、遠く離れたイタリアにおいてきた大事な部下までもしょんぼりさせてしまった。思い出して弱気にうなだれているとあたまにあったかいためいきがふりかかって、それからちょっと遅れてかたい布地が肩にかぶさってくる。 「とりあえずそれ着てなよ」 くろい、雲雀がいつも肩にひっかけている制服だった。 ディーノの上着としてはあまり優秀でない雲雀の学生服は肩幅がおおはばに足りなくて、でもないよりはあるほうがやっぱりあったかいからディーノはでっかい図体をちいさく丸めてその中におさまっている。 待ってろと命令され、だるくてしんどいから言いつけられたとおりにきゅうきゅうちぢこまった体で座っていたら、応接に併設されているかんたんなキッチンから雲雀が出てきた。 「はい」 目の前にしろい平らなお皿が置かれる。ことん、とかわいい音がした。 「……さっき、ここでこれ焼いてたのか」 「それ以外になに焼いてたっていうのさ。あなたそこにつっ立ってなに見てたの?」 「背もたれで見えなかったんだよ」 きつねいろの、まあるいあったかいケーキからふわふわたちのぼるゆげにディーノは目を細める。さきほど寝室でかいだにおいよりもうちょっとあまったるいのはとろりとたっぷりかけられたこがね色のはちみつのせいだろう。そのなかで、ミルク色のバターがじゅわじゅわとけている。 「うまそう」 「あたりまえだよ」 「食っていい?」 なんとなくてれくさいのか、うんと言えない雲雀はちょっと口をとがらせてそっぽを向いてしまったので、それを了解の返事ということにした。いただきますと手をあわせ、こげたはじっこの方からフォークで切る。三枚重ねられたホットケーキは一枚一枚かたちがちがう。いびつなところもおいしそうだ。 「うまい」 「…あたりまえだよ」 雲雀もおぎょうぎよくナイフとフォークでさくさくケーキを切り分けてもぐもぐ食べている。ディーノももぐもぐ食べた。 向かい合わせているのにふたりともなにも話さず食べている。 そういえばディーノは昨日の晩からろくろく食べていなかったことを思い出した。 「ほんとにうまい」 あたたかいものを食べたのでずるずるたれてきた鼻水をずずっとかんで、ほんとうにうれしくなったので笑うと雲雀はまたそっぽをむく。 「ありがとな」 「べつに」 「誕生日なんだ」 「…そんなのしってる。」 「そっか。…じゃあやっぱりありがとな。」 「……べつに。」 「俺さ、ホットケーキってはじめてかもしんねぇ」 まるこいケーキがはんぶんより少なくなってしまうと、今度は食べるのがもったいなくなった。最初よりもうすこしちいさく切り分けて、だいじに口に運ぶ。 「もちろん食ったことはあるぜ」 時間がたって、スポンジにはちみつとバターがからんでしみこんでいる。あまくておいしい。 「ただちっちぇえときに親が死んじまったからさ、ママンの焼いたパンケーキがなつかしいってのがわかんねぇんだよな」 「ふうん」 「けど、たぶんこういうかんじなんだろうな」 「…僕はあなたの母親じゃないよ」 「そういう意味じゃねえよ。」 いよいよ小さくなってきたケーキを、しかたないので重なりをほぐして一枚ずつにして食べる。おいしいものは、なくなってしまうのがさみしい。 「来年も再来年もさ。焼いてくれよな。」 平皿にふれるカトラリーの音がかちゃかちゃ響く。 「なつかしくなるように、してな。」 さいごのひときれをフォークに刺して、皿のうえでバターとまざってにごったはちみつをぎゅうぎゅう吸わせて表面にもたっぷりからめてから口に入れた。スポンジに含みきれなかったはちみつが皿とディーノの口の途中でとろっと一滴したたりおちて、ディーノがはおっている雲雀の制服のそでをちょこっと汚す。怒られるかもしれない。 「…さっさと風邪治しなよ」 けれどじっとディーノを見ている雲雀はなにもいわなかった。くろい制服にしみたこがね色を見逃したはずないのに。 「うん」 「これ食べたら寝るんだよ」 「うん」 まだ皿に残っていた自分の取り分のケーキの残りをはんぶん、雲雀はフォークで器用にディーノの皿へぽいと乗せた。 へへへと鼻をすすってわらうディーノを、雲雀はもうずっとしょうがないものをみる目つきでみている。それがふと、ふんわりくずれてくちびるの端をすこしだけ雲雀がもちあげた気がして、ああ笑顔みたいでかわいいなとおもう。熱のせいで都合のいいまぼろしにみえているのかもしれない。 雲雀のくれた、さめてしまったケーキはそれでもひどくあたたかかった。 |