どこにもいかない(090205)






大きな窓枠から射しこむ冬のみじかい、とろ火のような陽のひかりがあたたかい。ソファは真っ黒の革張りで、熱をよく吸収してぬくぬくしている。校内全体に教師が授業をおこなうなまぬるい声と、生徒たちのねむそうなあくびがみちみちている。雲雀ののぞむとおりの風紀が一糸の乱れもなく充満しているなか、並盛の規律は応接でうっとり午後のまどろみを楽しんでいた。

「……う…」
はずだった。
「ん…?」
なんだか息が苦しい。
もっとうとうといつまでだってねむっていたいのに。

さえぎられた眠気をそれでも寝汚く手放すまいと目をつむっていた雲雀だったけど、どうにもきもちよくなくなってしまったのでおっくうだと思いつつうっそりまぶたを持ち上げた。 けれど視界に広がるはずだった応接室の風景はそこにはなく、天井も壁もない。網膜にうつっているのは上も下もないきらきらのきんいろだけで。まぶしくて一瞬目を細めた。
「あ、起こしちまった」
起きないほうがどうかしている。なにせ鼻をつままれているのだ。
「おこんなって」
ソファのかたわらに行儀悪くぺったりすわりこんで、片肘ついてとろんとゆるそうなあたまをのっけているなれなれしい(いつものことだ)男のものいいに不機嫌さもあらわにして、雲雀はまだうまく力の入りきらないまるいこぶしでみずからにふれている不愉快なゆびさきを払い飛ばそうとしてあっけなく失敗した。
きんいろが、もうあとほんの一センチでくちびるがつきそうなごく近い距離でへらへら笑いながら殴られる前に自分からさっさと離れていっていたから。拍子抜けだ。
ふりあげた手が所在なく半端にゆらめいているとそれを目ざとく発見して今度はその手をとらえられ胸のところでぎゅっとつながれた。
ひだまりに似た体温。そのあったかさにまたからだはとろとろとけだす。
勝手に鼻をつままれたことは不快きわまりなかったけれどそんなことももうすでに忘れてしまいそうだった。
そもそもディーノがいけない。
殺気がなさすぎる。こんなにそばに寄られてまして接触されて気付かないくらい。マフィアのボスのくせにこれはひどい。そのくせ気配を消すのはうまくてずるいと思った。
ばかばかしいくらい空気まで弛緩している。ゆるゆるのだるだるだ。ぼやぼやあんのんとしていて、今はたぶんちょっとやそっと殴ったくらいではディーノはきっと相手にもしてくれないんだろう。とけたキャラメルみたいな目で雲雀を見ている。真昼の太陽を吸い込んだ目は色素をうすくそめあげてかなりあ色に染まっていた。
「きょーや」
ちゅっとほほにくちびるがふれる。かさねて視界にきんいろの波が押しよせてきた。まろいひたい、眉尻、まぶた。まなじりにまつげの先、つままれていた鼻先にも。ゆっくり寄せて返すおだやかな波のようにあますところなくくちびるでふれられる。ふれる場所がかわるそのたびふわふわの髪に顔をくすぐられた。いささかスキンシップが過剰で過保護なのはいつものことだ。これだから外人は。でももう慣れた。
「ん」
むずかってゆるく首をふるとこまったかおで笑っている。
「おまえひでえな」
「…なにが」
罵倒されてむかついたのでディーノがしたのと同じようにがじっと目の前の鼻先をかじってやった。
「…ほんとひでえ」
こりない男だと思う。もう一度かみつく。がりがり。それでもだらしなく笑っているものだから雲雀のほうがあきた。
「あんまかわいくしないでな」
帰れなくなっちまう。

口をとがらしてこどもみたいにすねた顔をしている。とがらせたくちびるはもうあとほんのわずかな身じろぎでふれてしまいそうだった。皮膚のうすい場所だから発熱があからさまで熱源がちかい。
こつんこつん、ひたいに今度はくちびるでなくおなじひたいがくっついてきた。鼻先がひっつく。まばたきのたびまつげもからまる。
「わがまま言うとあのひげがこまるよ」
「うるせーかわいくねーこと言うなよ」
いましがたかわいくするなと言ったばかりだのに勝手なことを。
「どうせまたすぐ来るんだろ」
「……でもほんとはずーっと一緒にいたいんだぜ?」
いまさらひみつのように言われても。
「知ってる。」
「…」
「…なに」
「………ほんっとひでえな…」

だから寝てるあいだに帰りたかったのに、とかなんとかぶつくさ文句をこぼしている。
雲雀の知ったことではなかった。付き合いきれず、しょうがないので希望通り目をつむってやる。それでもつないだ手がいつまでもはなれなかった。