きみを抱くうそ(090207)






ここちいいとはお世辞にも言いがたい重みを腹部に感じている。
深い深い眠りのふちから浅瀬へと、意識がだんだんに浮き上がるのに比例してその重さは増していった。にぶっていた五感が正常にはたらこうとしているのだ。
「うん…?」
腕一本動かすにも筋肉が疲労してぷちぷちちぎれているのがわかる。そんなかわいそうなからだにむち打って、よいこらせと肘で上半身を支え肩口をちょいと起こした。腹までは持ち上げられなかったのだ。重みのせいで。
照明が消えたままのくらい部屋で緩慢にまばたきをする。夜目がきくほうなので、わざわざベッドサイドのランプをともすほどでもない。わずかな月のひかりで十分だった。

ぼんやり視界をとり戻した目の網膜で、ずたぼろのまるいあたまがみぞおちのところですうすう言っているのが像をむすぶ。
ああ雲雀だと思うと、今はべつだんおかしなこともないのに自然と口のはじが勝手に持ち上がった。常日ごろ警戒心と敵意むき出しでぴりぴり毛を逆立てているくせ、こんなではまるでかわいいだけなのに。雲雀本人がそれに気付いていないのがかわいい。わきがあまくこういうところでスキを見せるのが。
まったく故意がないのもむずむずした愉悦をディーノに与える。野性のどうぶつの赤ん坊か、ごくごく遠慮がちに言うならばのらねこを手なずけている気になるのだ。
「きょうやー…」
起こさないようごくごくちいさく呼んで、ねこにするみたいに黒い毛並みにてのひらをさしこみちょこっとなぜる。校舎の屋上でひとあばれしたままホテルに戻ってきたので(ただしディーノに記憶はなく、たぶんロマーリオがディーノと雲雀を持って帰ってきてくれた。)ほこりっぽく、ちょっとかわいてぱさぱさしていた。
(いっつもつるつるなのにな)
気に入りの手ざわりでなかったことにいささかしょげて、けれど気を取り直し今度はほっぺにさわる。髪は後で洗ってやればいい。
ほほも汗と砂ぼこりとでちょっぴりかさついてはいるけれど、力が抜けてふにゅふにゅの頬なんてめったにお目にかかれないのでつい夢中でつっついてしまう。
「かーわいいなぁ…」
持ち上げていた頭をぼすんとベッドに戻して目をとじた。名残惜しくほおを手離してそのままうすく無防備な背中にてのひらを回す。浮き出た肩甲骨の、かすかで正確なうごきにどうしてだかうっすらなみだが出そうになった。腹部の重みも、雲雀のものだと思うとたいして気にもならなくなって俺って現金だなあと思う。
じっとしていると、暗闇でこまやかに澄まされていく神経が雲雀のむねの鼓動をひろっていった。とくとくとく、こどもらしく早いリズム。つられてディーノの心臓もどきどきかけあしになった。だって、どんなに大人びていたって強烈にけんかが強くたってまだたかだか十五歳の子なのだと思い知る。耳でなく全身で雲雀を聞いていた。ディーノのからだのすみずみに、雲雀のからだの声が広がっていく。ここちよかった。

「っ、」
雲雀の鼓動を聞きながらうとうとしていたら、ふと投げ出されたままだった雲雀の両足がみじろぐ。またがられたままだったディーノの右足はすこししびれてしまったようでぴりりとした悪寒が足先からはい上がってきてぞぞぞと背筋がふるえた。わずかな電気信号は、けれどくり返されるとなかなかにつらそうな。
「うあ……きょーや…」
知ってか知らずか雲雀のほそい足はもぞもぞしている。同じだけディーノはぴりぴりぴりぴりくすぐられていた。
「こーら…」
「……」
とがめるつもりで雲雀のふともも(と言ったってがりがりだ。ディーノはすごく心配している。)の付け根をきゅっと押さえると肉のないそこがひくんとひきつってどきっとする。
「う…」
いたずらな足の動きは止まったけれども、一瞬緊張したのか雲雀の手がディーノのシャツをすがるようにつかんできた。過敏なわき腹をゆびさきがやわく掻いて、足からやってくるのとは違うしびれで脳がちかっとする。
「んっ……………ふ…」
規則正しいばかりだった雲雀の呼気はわずかにみだれ、それの倍以上ディーノの思考はみだされた。ほう、と吐き出されたあたたかな息のかたまりが胸骨の上の布地からしみてくる。きゅうびがかっとあつくなった。顔も。
あたまも。

ちょっとこれは。
「…やべーって」
制服のしろい、今はよごれたシャツの襟ぐりからのぞくミルクみたいなうなじにくらくらしている。
(やばい…)
小学生じゃあるまいし自分の体のことくらいディーノもわかる。わかるだけに。
いくらか熱をともしていることだって否が応でも。

だってそこが熱いのだ。雲雀がのうのうと足をからめて(実際は放り出されているだけだとしても少なくとも今のディーノにはかわいそうにもそう思える。)いるディーノの足の付け根が。というか足の間が。
いっそ朝立ちならよかったのにと呆然とする。頭蓋骨のなかではがんがん遠慮なく鐘が鳴りひびいていた。うるさい。しかし残念ながら警鐘は時すでにおそく、つい先ほどまでそこがおとなしくしていたことも知っている。
となると一連の雲雀のあれこれに起因しているとしか。
「……………マジで…」
そんなディーノのこころのうちもつゆ知らず、引きつづき雲雀はすやすやねむっている。ちらりといけないものでも見るようなうしろめたさで雲雀をみるとやっぱりかわいくて、そう思っていることを自覚するとさらに熱がわずかに質量を増しディーノの首を絞めた。そう、ディーノの体の上で雲雀がのったり寝ているものだからどかして抜きに行くこともできない。仮に雲雀を起こしてしまってこの状態に気付かれたら殺されるかもしれない。いやまだ死ねない。
しかたないのでディーノは熱をしずめるのに集中することにする。このくらいならまあなんとかならなくもないだろう。
「がんばれ俺…」
涅槃にたどりつくんだ、悟りの境地だ、とぶつくさつぶやいて手始めに酸素を脳に取り込もうと肺をふくらました。
「んんっ…」
そうしたらそれをいやがった雲雀がこどもがぐずるようにふるふるゆるくあたまをすりつけてくるものだから。もうどうしようもない。
ディーノはやっぱりこれがただの生理現象だと信じ込めたらどんなにかよかっただろうとうっすらためいきをこぼした。