手の鳴る方へ(090211) いつだってりりしすぎるくらいしゃんとした背中がたよりなく、ふらふらとおぼつかなくゆれる肩をつかんだら拍子抜けするくらいかんたんにディーノのほうへ引き寄せられたことにうすく眉をひそめた。 「恭弥」 雲雀がディーノの手をはたきおとそうとした乾いた音がぱんとひびいて、けれど強くつかみしめた手は外れない。 「いたい。離して」 力ずく、を早々にあきらめたのは疲労のせいだろう。今しがたあわただしく終わりをむかえたリング争奪戦の。 夜はなにもなかったように知らん顔で並盛の町を黒いカーテンでおおっている。 ディーノを下からすくいあげるように見上げてくる雲雀の目も、ぎらついてはいるけど常の胸がすくあざやかなきらめきはなく夜空と同じにうすくぼんやりにごっていた。 「どこ行く気だ」 「帰るに決まってる」 「だめだ帰さねえ」 「なにさま?もう家庭教師とやらは終わりのはずだよ」 ささいないさかいを口実に雲雀は武器を取り出そうとする。一瞬黒目に好戦的なひかりがともって口の端がふともちあがった。隙あらばディーノと戦おうとする雲雀だ。その顔があまりにいきいきと魅力的すぎるからいけない。ついなんでも言うことをきいてやりたくなる。 でも今日ばかりはディーノはそれに顔をしかめ、肩を掴んでいた手を腕にすべらせると両手でそっと手の甲を取ってやわらかくいましめた。 「おまえ、さっき毒打たれただろ」 「だからなに」 「無理に動いて無茶したんだ。解毒しても、今夜ぜってえ熱が出る」 「だから」 「だから家には帰さねえって。おまえどうせ誰にも言わねえだろ」 じっとねどこで横たわって誰に告げることもなくひとり熱に耐える姿は、野生のけもののもつうつくしさだ。もしかしたらのそれは雲雀といういきものににつかわしいのかもしれないという気もしたけどディーノにはそんなこととても耐えられそうにない。 「…縛ってでもつれてくぜ」 つりあがった目をじっと見返す。つかんだままの緊張した手に力をこめ、声をひくめて本気の色をにじませた。これが雲雀でなければこいびと同士のあまい逢瀬に見えたかもしれない。 「…あなた、けっこうがんこだよね」 ややあって雲雀が地面に視線を落とす。ためいきというにはひかえめな吐息がふともれて、すきにすればとつぶやいたとたんきゃしゃなひざががくんと折れた。図らずもディーノのうでの中に倒れこんできたからだを抱きとめる。ちからがぬけてしまった芯のないからだはふにゃふにゃとやわらかくあたたかかった。 陶器のようなしろさの顔がほんのり上気している。ふ、とあつい息がこぼれて玉みたいな汗がひたいからつるつるすべり落ちるのを焼け石に水だなあと思いながらしろいタオルでぬぐう。 うすぐらいホテルの部屋でもわかるくらい赤くなったほっぺたをさわると平熱のディーノの手がきもちいいのかいやがりもせずじっとしていた。 こうしてねむっていればたった十五歳のこどもだ。 ディーノも職業柄まあいろいろな事情のあるいろいろなこどもを見てきた。親にからだを売り飛ばされたりくすり漬けにされたりわるいことといいこともわからないまま犯罪を働かされたりとにかくいろいろだ。世の中にはえげつないこともえぐいこともいやらしいこともあふれていて、悪らつなおとなの考えるありとあらゆる不幸や悲劇は悪意を栄養にそこかしこで芽を出しては勝手に育ってしまうことを知っている。目の届くところからはできるかぎりそういう芽をつみたいとは思ってやっているけれども世界中の不幸を摘みとることができないのもわかっていた。 雲雀の、かたちのいいおでこにはりついたくろい髪をゆびさきでそうっとかきあげる。しめった髪はぬるくなっていた。 雲雀をとくべつかわいそうだとか雲雀のおかれている状況をとくべつひどいとかは思わない。けれどどうしようもなく胸がしくしくいたんでいるのは、ディーノ自身が雲雀をこちらへひきずりこむ一助となったからだろうか。 ひごろ武器を握る雲雀のてのひらは今は力なくなげだされている。熱を上げたその手をひそやかにつないだ。 「…恭弥」 ぽつりと呼ぶ。ちいさいひとりごとのつもりだったのに、呼ばれた張本人がうすく目をあけたものだからいくらかあわてた。 「寝なよ」 うわごとのような声の調子なのに、話すことはちゃんとしている。それがまたディーノのせつなさをあおる。もっと警戒をほどいてふかくねむってしまえばいいのに。もっと頼ってくれればいいのに。 「…しゃべんな。寝てろ」 つないだ手をぎゅっと握る。振り払われることはなかった。 「………あなたの修行とやらはわりに役に立ったね」 ふ、と笑った気配がして雲雀の顔に視線を戻すともうまぶたはとじられていて、またすうすう規則正しいあつい吐息をこぼしている。 きゅうとほそいゆびさきに親指をつかまれて胸がかっとあつくなった。鼻の奥がつんとする。どうしようもなくのどが引き絞られる。 雲雀はもう家庭教師は終わりだと言った。けどディーノは雲雀を離せないと思った。雲雀がディーノを役に立つと思っているあいだくらいはせめてそばにいてやりたい。本人は必要ないといやがるだろうけど。そのうち僕が勝つよ、とまたかわいくないかわいい顔で言うだろうけど。でもしばらく負けてやれそうにはない。それどころかいつか負けてやる気もさらさらない。弟子は師匠を超えてこそ、とリボーンなら言うだろうか。たとえそうだとしても。いつまでもずっと雲雀より強くいたいと思った。 |