(090216) 「いやだ。さわるな」 「だーめーだ。今日はもうおわり」 まだ成長途中のほそい手首の関節を、清潔とはいいがたいほこりっぽくよごれたシャツの上からでなければあとがつくくらいぎりぎり力を入れおさえつけてなんとかてのひらの中のものを落とさせる。同時にずりずりとからだをひきずり両手両足をそこらへんの木に押し付けてまるごと動きをふさいでしまった。 雲雀の手からすべりおちた細長い金属が落下した先には雲雀にとってはわるいことに木の根が横たわっていて、ことなる素材のものどうしがぶつかりがつんとなんともいえないにぶい音がたつ。山の斜面なのでそのままころころころがって雲雀からとおく離れてしまった。そうしたらそれが気にさわったんだろう、かたちのいい眉をますますぎゅうぎゅうつりあげてにらみつけてくる気の強さにとんだじゃじゃ馬だなあとディーノはちいさく息をついた。そんなへまはしないけど、もし今ディーノのいましめから腕の一本でものがれでもしようものなら道具なんてなくてもおかまいなしに素手でだって殴ってくるくせに。 「…死にたいの」 「いや死にたくはねえよ」 「いやだっていってる」 「うんうん、だから今日はもうおしまいな」 それでもすきあらば自由になる頭部から頭突きをくらわせてこようとするので、暴力的なまあるいあたまをひたいどうしをくっつけることでとどめてしまう。ディーノの外人らしいたかい鼻と雲雀のすずしげにととのった鼻がぺたりくっついて、その感触だけならふにふにかわいいのに動機があまりぶっそうすぎる。 ただこうやって強制的にやめさせなければいつまでだってじりじりしかけてくるのだからしようがない。こうでもしなければ終わりがみえないのだ。雲雀だけでなく、これはおはずかしながらディーノにとっても。なにぶん雲雀があんまりにもうれしそうにディーノとやりあうからたまらなくなる。 いつもはぶすくれたとぼしい表情でにらみをきかせてくるだけのくせに、ディーノと殴りあいをするときにかぎっては切れ長のひとみのふちの粘膜を高揚のせいでちょっとうるませ、きれいな黒目をさらにきらきらまたたかせてはまろやかなほっぺたをのぼせたあげ上気してあかくそめる。への字に引き結ばれているくちびるがうきうきゆかいそうにきゅうとつりあがってこれ以上ないくらいたのしそうな顔をするのはもうほとんど反則だ。 そういう顔をされるとディーノはまるで雲雀に好かれてるような気になる。猛獣使いのきもちってこんなだろうか。(実際ディーノが相手にしている猛獣はこれっぽっちもなついてなどいないし飼いならされてもいないので、本職の猛獣使いが聞いたら怒るかもしれない。) 新鮮な生肉を差し出されたライオンの子みたいにそわそわうきたっている雲雀がいて、じゃあディーノは生肉なのかという話だけどとにかくなにごともかくしだてなんてしないいつだって堂々とした雲雀だから、ディーノに集中しているときは顔中そこかしこに臆面もなく「いま夢中です」とそれはそれはすがすがしく書いてある。それがディーノ本人に対するものではけしてなく、ただディーノのうでっぷしの強さに対するものだと頭ではわかっていても、すなおなこどもっぽいかわいい反応をされるとディーノも若いうえお山の大将体質なものでついついじゃああとちょっとだけなとあまやかしたくなるのは人情というものではなかろうか。いつだって。 というわけでいまだあたまのあがらない(むしろ地面にひたいがめりこむ。たとえその地面が土でもれんがでもコンクリートでも。)元家庭教師からあずかったはじめての教え子を、ディーノはまあそれなりにかわいく思っている。ディーノのこごとなんてひとつきりも聞きやしないけれどのみこみは早いし根性もすわっているし元気なとこもいいし、なかなかつれないところもそれはそれなりに。これからなかよくなるたのしみがあっていい。 弟子なんてできがわるいほどかわいいもんだとリボーンはよく言っていたけれどできがよくてもかわいいものだ。 (………「かわいいもんだと思い込まなきゃやってらんねえ」だっけ?) いささか自分の都合のいいほうに記憶をねじまげてしまったかもしれない。ううんと首をひねっていると、体力の回復をはかっていた雲雀がまたぐるぐるとうなりださんばかりのいきおいでじたばたあばれはじめたものだから、おさえつけている手足がはずれないよう圧力のかけかたをたしかめる。ちょっとしんみりした。 「…あばれんなって」 「うるさい。あばれさせてるのはそっちだよ」 「あのなあ…」 修行をはじめてそろそろ一週間ちかくたっている。しかもおとといからは並盛を離れておとまり合宿までしているというのに。 合宿でおとまりだ。ようするに外泊。加えて野外イベント。もう男子中学生を浮き立たせる要素しかない。未成年にとってはこれはもう一大わくわくイベントだときまっているはずだ。 修行というひとつの目的のもとに、先生と生徒が生活をともにする。なんて青春、なんていいもんだろうこれで雲雀との仲もきわめてしたしくなるにちがいないとディーノなどはのんきに思っていたが雲雀はどうもそうではないらしかった。 「はなせ」 「はなしたらお前また殴ってくんだろ」 「………」 「…そんなことない、くらいいちおう言えよ」 「わざわざうそはつかない」 証拠に否定はしないところがすなおと言っていいものか正直者だと呼ぶべきか判断に迷うところではある。ただたぶんよいこではない。 めえめえひつじみたいに群れるのがきらいな子だというのは事前にも聞いていたし、そんな事前情報がなくても雲雀の学校生活をちらりとかいま見たらいやというほどわかる話だ。 じゅうじゅう肝に銘じてはいたつもりだったけど、おとといもきのうも予想をかるくとびこえるかたくなさでホテルや旅館には泊まらないと言う。とにもかくにもディーノたち集団と「一緒」というのがむしずが走るほどいやらしい。よくもわるくもこどもらしい潔癖さで徹底している。 でも山奥やら滝つぼやらひとけのまったくないシーズンオフの海の近くに宿泊場所なんてそんなにたくさんもなければ宿泊所を分けるほどの選択の余地など当然あるはずもなく、むしろ一軒でも人間が泊まれるところを見つけてきた部下の優秀さをじまんしたいくらいへんぴな場所だということはせめて雲雀にもわかってほしい。 ディーノは部下自慢をじっとがまんし、さんざん体力を温存するうえでのメリットや疲労からの回復の大切さを雲雀に言いふくめてはみたものの、がんとしてきくみみもたずいやだの一点張りで雲雀は自分の主張をこれっぽっちも変えようとしないのでディーノも堪忍袋の緒をきらしてしまった。いちおうおとなとはいえどまだ二十二歳なのでそこまで人間できてはいない。ホテルで部下にもやいのやいのとからかわれた。 初日にあまりにきかんぼうな雲雀にきれて「もーしらねえからな!」などと大人気なく言い捨て、ちょっとみっともなかったことは反省していたので昨日はわりにがまんづよく待ったつもりだったけどだめだった。 並盛を離れることがそもそもなれないことだからだろう、いつの間にやら木によじのぼって枝の股にうまいことこしかけそこからじっと月を見ているさまはテリトリーからはぐれたまいごみたいに帰る場所を探しているようにディーノには見えた。そういうこどものホームシックは覚えがあるだけせつなくてディーノのむねをきゅんとはさせる。 相変わらずディーノの呼びかけには完全に無視をきめこんでいたけどこれはまあしかたのないことだ。前日怒った自分が悪いのだとディーノは反省していた。 けれどとにかくもう一週間になる。そんなにいつまでも敵をいかくするねこみたいに毛を逆立ててばかりいないでもうそろそろちょっとくらい慣れてくれてもいいのになあと思う。悪い意味ではじめて中学校の応接室で顔をあわせたときから雲雀のディーノへの反応はちっともかわらない。 |