(090217)






「なあ、ほんとそろそろ体調整えとかねえとまずいって」
「そんなせりふはまずこの手をどかしてから言ったら」
「だから」
「話はそれからだね」
だめだ。堂々めぐりだ。雲雀はふん、とディーノとくっついたままの鼻をそれでもえらそうにならした。
先に進まないどころか雲雀の態度は悪化の一途をたどっているしよもや妥協する気配なんてみじんもない。じゃじゃ馬ならしの名前もとおくイタリアのうつくしい空の下で泣いているだろう。
「…おまえさあ、何がそんなにいやなの」
けれどディーノはあきらめなかった。わかりきったことをもう何度目だろうともしんぼう強く聞いてみる。
堂々めぐりならスタート地点に立ち帰ればいい。ほとけさまじゃあるまいしほんとのほんとにきりがなく無限にいたちごっこなんてことあるはずがない。目の前の教え子はさいわいぺらぺら話すのが好きなたちではないし(罵倒は強烈でも口がたつわけではない)そのうち会話に疲れて雲雀の方からほころびを出してくるだろう。
ディーノにはきのうおとといと二日間の教訓もある。雲雀と会話したいなら一に根気で二も根気。三四も根気で五に根気だ。忍耐がなければ。
だいいち本当にこんなへらへらゆうちょうにしている時間もなかった。ヴァリアーはもう日本へやってきてしまったし雲雀は雲の子だ。雲戦までひとつきだか一年あるならまだしも、あってあと数日というところなのでいよいよ本格的にからだを整えさせなくてはならない。このさい教え子と親しくなかよくなどというディーノのあまっちょろいゆめものがたりなどかなわないなんてのはもうどうでもいい。
「僕はあなたを噛み殺せればそれでいい。なにもわざわざあなたと群れる必要はないね。そうだろ。」
「群れるのがやなんだな。」
「いやだよ」
「わかった。」
「…なにがわかったの」
「じゃあ今日からお前だけホテルに泊まれ。俺たちはどっか違うとこで寝るから。それならいいだろ」
「…」
「あんまり寝もしねえでずーっとからだを緊張させてるなんてのはだめだ」
並盛の町から連れ出してはきたものの、まあそんな遠くへいくこともなかろうとはじめは正直なめていた。
さんざんディーノと暴れまわったうえ夜はそういうへんぴな自然の中でひとりかたくなに野宿してディーノやその部下が様子を見にうかがえばあっという間に目を覚まして身をかたく武器をかまえる。寝ていないんじゃないかと思うほどの警戒心だけど、起きている雲雀にしては反応がにぶいのでうたたねくらいのかんじなんだろうか。疲れていないはずがないのにだ。とりあえずからだだけは大の男のディーノでさえ雲雀と一日やりあったらそれはもう疲れる。疲労困憊している。屋上で放課後ちょいとあそぶようなものはくらべものにもならない。
そうして夜明けのころになるとさっさとひとりで並盛に帰ってしまう。夜中に帰らないあたりいちおう疲れを感じてはいるらしい。走って帰るのかバイクでもかっぱらうのか途中で善良なドライバーを脅すのか手段はわからないけど驚くべき帰巣本能だなあとロマーリオなんかは言っていたがそんなのんきな話でもないだろう。
意地っぱりにも限度というものがある。
「ちゃんとからだを休めて、ちゃんと体力回復して強くなる。今のおまえの仕事だからな」
「そんな仕事を請け負ったおぼえはないね」
「…かっわいくねえの」
人並み以上にはととのったディーノの顔がひくひくひきつった。初日だったらまたけんかになっていただろう。
「依頼料すらもらってないよ」
「え」
こう着状態におちいってからもディーノから一瞬ぽっち目を離すことのなかった雲雀の視線がそれる。正確にはそらしたのではなくたんに高さがずれ、急なことだったから視界がぶれたのだけど。ただそれは雲雀がディーノの拘束から逃れたということだ。
制服のしろいシャツごとひっつかんでいたディーノのてのひらのなか、雲雀がしゅるしゅるなめらかな布地にうまいこと皮膚をすべらせて抜け出した右腕がこめかみにとんでくる。まったく器用なことだと感心するひまもない。なんのためらいもなく急所をねらってくるあたりぞっとしない。風圧が残像のようにディーノのきんいろの前髪をふわりとあおる。予想だにしていなかったとはいえストレートにくらうほどふぬけてもいないディーノはすんでのところで今度はきちんと手首を握った。ほそい手首だ。そのまま、さきほどまで雲雀の腕があったところにゆるりと逆戻りさせる。ついでに抜け目なさそうな左腕も持ち直した。
「あっぶねえ…」
「…余裕って顔にみえる」
「んー?油断もスキもねえなあとは思ってるぜ」
「………むかつく」
今の攻撃がたいしたダメージを与えられないだろうことはわかっていたのか雲雀はそれきりむっとくちをとがらせてしまう。うんと力のこもっていたからだも心なしかやわらかくほどけた気がしてディーノはおやと思った。これはちょっということを聞いてくれるかもしれない。
そうしていればまるですねているだけのただのかわいいこどもなのになあとディーノはゆるくわらった。あらためてひたいをこつんとくっつける。おさえつけるためではなくいたわるためのようなやわな動きだった。
シャツごしではなくじかにふれあった皮膚から雲雀の熱がしみてくる。