(090218)






すこしのあいだ、曲がりなりにもかわいい教え子との接触を楽しもうかとうきうきしかけたディーノは「ん?」と眉根を寄せた。
「…なんかおまえ」
てのひらいっぱいにじんじん伝わってくる体温はしみる、なんていうなまぬるい温度ではない。どう控えめに表現してみてもあついとしか言いようがなかった。
「………あつくねえ?」
「あつくない」
雲雀がすなおにうなずくわけもないのであわてて両手足にかけていた力を抜いて放してやるけど、雲雀がもうさっきみたいにディーノに暴行を加えてくることはなかった。真正面から力のぶつけあいをすることがまじりけなくすきな子だからだまし討ちということもないだろう。
せなかを木の幹ににあずけたままくたっとしている。ずいぶん長いこと間接を圧迫してしまったから動きにくいのかもしれない。そういえば急にぱったり抵抗をやめたのは、あれががまんの限界だったということか。
「恭弥、しんどいならそう言えよな…」
そんなこと口が避けても言うはずもないこともわかっている。そうだったらいいのにという願望だ。ふつうの師弟のように、ディーノだってかわいい弟子に頼られたり心配したりしたい。

いくらディーノがへらへらのお調子ものでもなんの考えもなしにうけた話ではなかった。断ることだってできた。雲雀の家庭教師を。
九代目もリボーンも話のわからない人物ではないし、そもそもディーノがなにも知らないこどもをこちらの世界へ引き込む覚悟はないと言えば話はそこまでだっただろうと思う。覚悟のないものなんて、ごはんの足しにもならない。もちろんおかずにもなれない。それどころか中途半端がとにかくいちばん害を招く世界だということをリボーンたちもいやというほど知っている。
だから雲雀のことは、なにかあってもなくてもきちんと最後までめんどうをみる覚悟をきめてディーノは引き受けた。それだけでもうかわいいにきまっている。こどもみたいなものだ。どんな顔でどんな気性の子か、生まれてくる子を選べないように弟子だって同じだと少なくともディーノはそう思っている。
「ヒバリは相当な問題児だぞ。お前でも手懐けられるかどーか。」
ボルサリーノを目深にかぶった元家庭教師がそうこぼしたのに、そもそも違ういきものなんだから合うはずないと思ってるしそのほうがらくちんでいいと答えたらそこがおまえのいいとこだぞと肩をたたかれた。それがけっこうな力だったものだから激励だか嫌がらせだかはよくわからなかったけどたぶんほめられたのだろう。
うまが合おうが合うまいが関係ない。人間だから合うときもあれば合わないこともある。そんなことでこどもを捨てる親がいないのと同じだ。

「…だるいか?」
とんと元気のなくなってしまった雲雀の肩をそうっと支えてそろり顔をのぞきこむ。夜目にもわかるほどほほがあかくなっていた。目にかかるくろい髪をかきわけておでこにてのひらをはわせるとそこもあつい。ディーノはむむと顔をしかめた。雲雀がおとなしくさわられるがままディーノの手を振り払ってもこないなんてそれこそいちばんいけない症状に決まっている。あのきかんぼうが。
「ロマーリオ!車呼んできてくれ」
「おう」
これはもしかしてけっこうまずいのではないかとすぐどこか近くにひかえている腹心の部下を呼んだ。
「できるだけ近くまでな。恭弥がヘンだ。」
なにせ山奥も山奥、けもの道しかないので人間用の道路にとりあえず出なければいけない。
「歩けるか?」
なるたけやわらかく問いかければなめられたと思ったのかいつもの半分くらいの迫力でにらんでくる。雲雀がぐっとひざを突っ張ったのがおなじ土をふんでいるからわかった。そのままあまり気力のなさそうな背筋をふらふら起こし、雲雀の肩においてあるだけだったディーノの手をうざったそうに置き去りにしてよたよた歩き出すけど夜露にしめった枯葉につるんとすべってしまいそうにひどい。
「おーいどこいくんだ」
「……あなたたちのいないところだよ」
「ホテルの場所わかんのか?」
「…いかない」
「うんうん、もうちょっとで車来るからな」
「……あなたたちはいないって言った」
行く気はあるらしいことにディーノはわずかにほほをゆるめた。さすがにこの状態で野宿しますと言い出すほどのバカだったら気絶させてでも連れていかねばなるまい。雲雀の場合絶対に言い出さないと強くはディーノも主張できないが。
「お前こんな状態で誰が看病すんだよ」
「必要ない」
「わーかった。とにかくホテルまでは一緒に行くからな」
ディーノを振り向きもしない雲雀はつかまり立ちを覚えたばかりの赤ん坊のようにおぼつかない足どりでよたよたしている。まるで雲雀らしくないけど、落ちていった武器を回収するのを忘れないあたりさすが雲雀だった。
「恭弥」
「なに」
「ちっとがまんしてな」
雲雀に捨てて行かれた手でほそい肩をうしろからく、とひっぱる。かんたんに胸にころがりこんできたからだに、ディーノより雲雀がびっくりしているようだった。熱でほうけているのをいいことに拾ったばかりのぶっそうな金属片を手際よくとりあげてそのままほとんどかつぎ上げるようにだっこする。半拍おくれてディーノの行動を理解したとたんじたばたあばれ出すけどもう遅い。
「いてーって。殴るな」
「殴るなって言うほうがどうかしてる」
無遠慮に殴ってくるなまいきな腕を肩とつながる部分のすじを押さえてふさいでしまう。無理に動かそうとすればかなりいたいはずだった。からだのどこをどうすればどうなるかくらいは勘やセンスより知識がものをいうだろう。
雲雀はディーノがどうあっても降ろす気がないことを察したのか、それともそのうちにもうめんどうになったのか静かになった。ねむっているかどうかはディーノからはわからない。


ぽくぽく歩みを進めるとほどなくして人間用の道に出た。ロマーリオがタバコをふかしふかし夜の中に赤い火をぼんやりうかべている。運転席に座っているもう一人の部下にエンジンをかけさせるあたり背中でディーノの気配がわかるらしい。いつものことながらまったくよくできている。
「うお、ボスなに持ってやがる」
後部座席のドアの前に立ってから山を下ってくるディーノをあおいで、さすがの腹心もちょっとぎょっとしていた。雲雀はロマーリオの気配にぴくりと身をふるわせ反応している。
「どう見たって恭弥だろ」
「どういう風の吹き回しでこのきかん坊がおとなしくしてんだ」
「今日はちょっとヘンなんだよ」
「そりゃあヘンだろうな」
見りゃわかると言わんばかりだ。
「そういや恭弥はどうヘンなんだ。」
「まだわかんねえけどとにかくヘンだ。熱がある」
「また急だな」
「ひとのこと変だ変だって失礼だよ」
「いててて」
皮のシートにていねいに降ろされた雲雀は許可もなく隣に腰を落ち着けたディーノを追い出そうと蹴りつけながらいちおう憎まれ口をたたいてくるが、がんがん蹴りをくり出す足首を持ち上げられてむうと黙った。どうにもねむたそうにしているが驚くべきはいつにないあきらめの早さだろう。助手席に身をおさめたロマーリオもほうほうとあごをしゃくっている。
「元気もねえんだ」
ディーノの言葉の信憑性もひとしおだ。
「ああ。それがいちばんヤバそうだけどな」