てるてるぼうずにおいのりの(090220)






委員会の仕事もひと段落つき雲雀はあかいキャンパスノートを閉じた。ぱたん、と紙の倒れる音がする。群れのよくいる場所がいっぱいに書き記してある報告記録はひみつのあそび場の地図だった。
下に落としていた視線をもちあげるとノートに似た音をともなって大きな窓ガラスに雨のしずくがぱた、とひとつぶ打ち付けている。透明にみえていた場所のうすいほこりをまき込んで、つつとひと筋が這いながら伝い落ちた。静かなそれがすぐに鼠算で数を増して気が狂ったように激しくたたきつけるのは時間の問題だろう。
風ががたがた落ち着きなく窓枠をゆらしている。
そういえば降ると言っていた気がした。「委員長傘をお持ちですか」と草壁が。答えた記憶はなく、そもそも雨が降っていようが止んでいようが雲雀はさして興味はない。大雨なら群れがどこそこに隠れてしまうのが残念だという程度だ。天候ごときでこそこそ屋根のもとに隠れふるえていることがそもそも手ごたえのないことではあるけれども。


散らかっていない机のうえ、筆記用具だけしまって鍵を閉める。ゆうゆう廊下を歩んでいるうち思ったとおりになった。
手を伸ばして跳ねれば届きそうな近さで地面を圧迫しているにび色の雲がぽろぽろとめどなくなみだをこぼしはじめる。それでも雲雀はやっぱり気にするでもない。



「よー恭弥〜」
下駄箱のガラス戸も、雨にまみれていた。けれどそこにはいるはずのない影がある。下校時間をすぎしずまりかえった校舎の電気は消えているし、太陽も姿はなく逆光さえないから薄暗いその影は輪郭も表情もはっきりしない。
けれど、まちくたびれた〜とにこやかな声は雨の日の静けさにあまりに釣り合っておらず雲雀はいっそ不愉快になった。いつものことながら存在自体空気が読めていない。無駄にあざやかすぎるのだ。姿かたちにあいまいなところがまるでない。たとえ数え切れないほどこの国を訪れようとも、日本の風土には一生かかってもとてもなじめないに違いなかった。

無視して雲雀がくつをはきかえているあいだ、その華美ではではでしい男はそわそわした空気を待ち切らしながらじっとしている。しかしただ口を開かずにいるだけで、そんなものはとても「待っている」うちに入らないと雲雀は思う。せかしている、と言うのだ。
ローファーをとりだしうわばきをしまう。しめっぽい空気と大勢の靴のにおいがまじりあっていた。少なくともきもちのいいにおいではない。
かるく眉間にしわを寄せたまますのこから下り、さきほど廊下できいたのよりもっとひどくがたがたがたがたとうるさいたてつけ悪く風にあおられている戸へ近付いた。ディーノは雲雀に近付いてくる。
「な、一緒にかえろーぜ」
わんわん犬のなれなれしさで顔をのぞきこんできた。不敬な男だ。 「一緒にの意味がわからない」
扉を開けようとしてもいつもの力じゃ開かなかった。風圧がすごい。ぐっと力をこめようとするより先にディーノの手が戸を押し開いた。
「なんで」
「帰る場所が違う」
「うお」
びゅうと風にあおられたふたりぶんの前髪がみだれてはね上がる。
「つれないこと言うなって」
「つれあう覚えもないね」
横殴りの雨だ。傘なんて何の役にも立ちそうもない。ディーノは能天気にもあおい傘をいそいそさして、雲雀のあとをついてくる。
「帰る場所が違ったっていーんだよ」
「しつこい」
「相合傘してーの!」
ほんのすこし歩いただけでもう服は水にぬれて革の靴は水がしみはじめているというのに。ディーノはまだついてくる。雲雀のあたまのうえに傘をさしかけようと必死だ。こうなるとうっとうしく、雲雀はますますふりきりたくなる。二人してもうほとんど小走りみたいになっている。
「他をあたるんだね」
「おまえがいいの」
「よく見なよ。こんな雨に傘なんて役に立たな、…っ…なにする…!」
ぐいと腕をひかれうしろへ倒れそうになった。前後に並んでいたバランスがくずれて、急に道路に背を向けたディーノの前身へ、踊るステップでうかつにも倒れこんでしまう。それがまたワルツのようなかろやかさだった。
「…口実だって言わせんなよ」
とじこめられた片腕の中、雲雀の耳のごく近くでディーノがささやく声をきく。
「…ばかじゃない。」
中学校の前は並盛で三番目くらいに大きい道路だ。すこしだけ坂になっていて、すべる滝のいきおいで雨水はどどどどどどどと流れていく。それをトラックが盛大にはねあげ走っていった。それだけのことだ。道路なんだから。ディーノの腰から下は泥水の絵の具でびちょびちょの茶色い犬の毛の色になっている。
足が一本ではなく二本だったので、そのすきまから雲雀の制服のズボンにもすこしかかった。おまけみたいに。
「横から降ってくる雨の傘は、俺がなるからさ。」

だからさ。いっしょにかえろうぜ。

雲雀はあきらめたように息をついた。役立つ傘なら、まああっても悪くはないかもしれない。小走りをやめ前後でなく左右に並んでみる。風がほんのすこし止んでいた。よくよく耳をすませば、ディーノが手に持つあおい傘のうえにも次から次へ水滴が降り注ぐ。たよりない骨組みに張られた布はそれをうけとめ弾いている。
雨が降った。
風がふいた。
傘をさした。
ただそんなことで。
世界は愛に満ちている。