(090221)






「ボース…」
「しっ」
こつこつひかえめすぎるノックの音と、足音をたてないロマーリオ。
ひっそり凪いでいた部屋に侵入してきたそのどちらの異物に雲雀が反応したかはわからなかったけど、ちいさく眉を寄せただけで目をさますことはなかった。あるいはまぶたを持ち上げるのがめんどうだっただけかもしれない。
あいかわらずふうふう熱い息だったけど、いくぶん落ち着いてはいる。
「おーおー…こりゃまた…」
肩までぶ厚いふとんをかぶって、外に出ているのは小作りなあかい顔だけ。それもしろい枕にうずもれていた。黒い髪がちらばっている。
「熱計ったぜ。八度ないくらいだ。ちょっと吐いて楽んなったみてーだけどな」
「吐いたのか?」
雲雀が寝ているベッドと反対にロマーリオが腰を落とした。せまいツインの部屋だから、そのあいだにデスクチェアをむりくりひっぱってきて座っているディーノともごく近い距離になる。「ん、」と差し出された水銀式のふるい体温計を受け取り、部屋でたったひとつともされたベッドサイドのあかりに目をこらした。ひとすじの銀色がちらちら光っている。こしょこしょ、ないしょ話みたいに話しをした。
「ああ。よく考えたら連れ出してから恭弥あんま食ってなかったから、ほとんど胃液だったけど」
「あーそうだなぁ…七度八分か…胃炎っぽい気がすんな。疲労だろ。緊張してたんだなぁ。」
「緊張!」
似合わねえ、とディーノが苦笑する。
「…うん、でもずーっとぴりぴりしてたもんな。」
「警戒しっぱなしだったからな。ぐっすり寝てもねえみたいだったし。恭弥だけ野外だったしよ。」
「…やっぱちゃんと寝てなかったよな、恭弥。」
こんこんとねむる額に汗が浮いている。ロマーリオがタオルを手渡すとごめんなあとささやきながらディーノはそれはぽんぽんかるくぬぐった。
「まあアンタが気にすることもねーさ。恭弥だってずっとこんな風じゃいられねえからな。いつかは通る道だったんじゃねーの。それが今だったってだけで。」
「…うん。………そーだな」
雲雀の規則正しい寝息に目を細めるディーノを、ロマーリオもおなじように見る。さらさらの髪は今は汗にしっとりしめっているようだった。
「そんだけ汗かいてりゃ平気だ。明日にでも熱は下がるな。」
「そっか。よかった」
「ひえぴたあるけどよ、貼ったら起きそうだな」
「んー………夜中たぶん一回くらい目え覚ますと思うんだよな。ねまき着替えさせねーといけねえし、そんとき貼ってやるよ。ああポカリも飲ませねーとさ。」
「いやいやあんたは寝ろよ?恭弥もこんだけ寝てりゃ俺でもまあ大丈夫だろ」
「あー………うーん…それがな」
「なんだよ。過保護もいいけど、ボスもなんでも一人でやっちまうたちはそろそろなおさねーと…」
お説教モードに入りかけたロマーリオに、あのな、とディーノははにかんだ顔で耳打ちする。いい顔だとロマーリオは場違いに思った。顔の造作がたいそう端整なのはまあほとんど万人のみとめるところではあるけど、それを引き立てる表情というのがあるのだ。今のは抜群にいいなと感心する。
ディーノはそんなことを思われているとも知らず、ひみつをのぞかせるようにほんのわずかちらりとひかえめに左手でうわがけを持ち上げた。
「お」
そういえばさきほどからディーノが使っているのは左手だけだったのをロマーリオは思い出す。体温計を渡されたのもタオルを受け取ったのもぜんぶ。
「…ずいぶんなつかれちまって」
ディーノの指のいくつかを雲雀がかたく握っていた。