(090222)






穴があくほどみていてもあきない。教え子の顔をディーノはうつらうつらみつめながらたまに汗をぬぐってみたりする。
よく考えてみればはじめて顔をあわせてからかれこれ一週間。その間一度もまともに顔を観察する機会なんてなかった。顔を見れば雲雀がしかけてきていたのだからしかたないといえばしかたないことではある。よくよく見ようとすればリボーンからもらっていた写真一枚きりだけがたよりだった。
ふかふかのベッドのうえ左手でほおづえをついてそーっと顔を寄せる。しばらくだまって息づかいさえもじっとご遠慮していたディーノは、二三度うすく口を開け閉めしてからくちびるのはじをもちあげてぽすんとベッドにほほをつけた。
ふーっとほそくながい息を吐く。
目をつむる。
雲雀の息づかいがきこえる。
ディーノの呼吸のようすも、ねむる雲雀にきっと知れている。
ゆびさきにふれるあたたかさを拾っているのは。





ほっぺたにふわふわ犬の毛があたっていた。くすぐったくて頭を振るったけどのがれられなかった。
熱があったなごりなのかまぶたが腫れぼったくあたまがもったりおもたい。
身を起こそうともぞもぞしているけどからだが動かしにくくて、ようやっと上半身を持ち上げた。ひと仕事だった。
知らない部屋にいる。せまい部屋だ。きっちり閉められたこげ茶色のカーテン。乳白色の壁。ベッドの先にある机の上でまるい目覚まし時計が六時をすこしすぎていた。かちかち規則正しく秒針が鳴る。短針が振れた。
ねぼけまなこの半眼でそれをぼんやりみつめているとななめ下からなにやらぐうぐうすやすや音がしている。なんだろうとまぶたを持ち上げ下を見遣ると、雲雀のうわがけにうずもれているディーノだった。きんいろの髪がしろいシーツのうえにちらばっている。くすぐったい犬の毛はこれだったのかと思った。
しかし雲雀はこんなものがいたことに気づかなかったことにぎょっとして、とっさにはなれようとしたけどうまくいかなかった。
さきほどから、左手がなにかにつながれていてうまいこと動かせないでいるのが原因なのだ。なんだろうとふにふに動かしてみると、なんてことはない雲雀がつかんでいただけだった。ディーノの人差し指と中指と薬指。ディーノのほうからはゆるくつながれているだけの。
一瞬まったく理解できず、ややあってからまたおどろいてぱっと放す。一晩そうしていたせいか関節が握った形のままになっていて、ぜんまいじかけの人形のようにぎこちなく動かしたとたんどきんどきんと血がめぐり出すのがわかった。おかしなことに、自分のからだなのにひさしぶりに自分のものになった気がして左手で右手を確かめるようゆるくつかむ。じんじんしびれている右手のほうがじわりあたたかかった。
なんだかいろいろと信じられないでぼーっとしてしまう。完全になにか容量をオーバーしていた。
「……ん…?」
いくらか気の抜けたままの雲雀のかたわらでディーノが目をさましてぱちぱちまばたきをしてからふわわとあくびをし、のそっとあたまを持ち上げる。雲雀はディーノの一挙手一投足にぴんとからだをかたくしていた。
「あ、恭弥起きたのか」
わずかにいからせている肩に頓着するでもなくディーノは無遠慮にひたいにふれようとしてきたのでぺちんとたたく。あまり力は入らなかった。その拍子にぽと、と雲雀のひたいから何かが落ちた。
「ひえぴた、勝手に貼ったんだけどさ」
おまえぜんぜん目え覚まさねーからさーと、役目を終えたそれをつまんでディーノはぽいと放る。部下がいないからか寝起きだからか、ゆるい放物線をえがいたそれがごみ箱に入ることはなかった。行儀の悪いことだ。
「さわるけど、」
いい?
眉尻の下がった顔がく、と近寄ってきて雲雀はうなずくこともかぶりをふることも思いつかずじっと目を見ている。近くてうまく焦点があわない。頭がちっともまわらないでついてきていなかった。
「さわる、な」
前髪をやわらかく押しのけて左手がふれてくる。雲雀のひたいなんてすっぽり覆ってしまうおおきなてのひらだった。親指がはみ出してまぶたにかかるから目を閉じた。雲雀がいやがると思ったのかすぐに離れていく。
「…ねつ、下がったな」
いいこいいことなぜだか満面の笑顔でうれしそうな顔をしたディーノになでられてどうしていいのかわからない。
こんなことを許していることも。わからないでいる。
「めちゃくちゃ汗かいてたからな。あ、そーだ。のどかわいてるだろ」
優雅に伸びた腕がベッドサイドにおいてあるみずいろのペットボトルをとってきゅきゅっと手際よく白いふたをひねった。
「水分補給な」
それを受けとって口に運ぶ。口に含むと水がじわじわしみこんでいくのがわかる。のどが渇いていたんだと知る。知らなかった。
「んーな一気に飲むなって。胃がびっくりすんだろ。ちょっとずつな」
「…つめたいのがいい」
空になったボトルをそれとなく取り上げられる。
「まだだめだ。冷える…ってほら!」
くしゅ、とくしゃみが出た。パジャマがしめっている。つめたい。
「パジャマ着替えて…ってそれよりシャワーあびた方がいっかな」
いそいそ上着を脱いだディーノにそれをはおらされた。今の今まで着ていたものだから当然持ち主の体温がしみこんでいる。ぽかぽかひだまりのぬくさだった。ファーのついたフードまでかぶせられてたしかにあたたかくはある。すん、と鼻をすすりついでにおいをかいだ。
「ん。汗くせえ?」
「………うん」
「あー昨日から着っぱなしだかんなー…ちょっとがまんしてな」
ごめんごめんとディーノは申し訳なさそうにしているけど、それもそもそも雲雀がディーノの手を握っていたから脱げなかったのだろうが。
(…………ばかなひと…)
しかもあれやこれや雲雀の世話を焼いているディーノはなんだかんだで七分袖のシャツ一枚しか着ていない。丸首のえりぐりはへたっていた。今は念のため熱をはかろうとしているんだろう体温計を探している。
「…あなたは」
「ん?」
ごちんとどこぞにあたまをぶつけながら、それでも雲雀のちいさな声を聞き漏らさないでディーノは頭をあげた。澄んだ黄金糖の色をした目が雲雀をやらかく見ている。茶色くてあまい、きらきらのべっこうあめの色だった。口に入れたら同じようにあまいのかもしれない。
みじかい時間ではあるけれど、思い起こせばディーノはいつだって雲雀の言うことにじっと耳をかたむけて。いつだって雲雀をじっと見ていた。
「さむくない、の。」
整った顔がくずれておかしな顔になっている。それはそうだろう。雲雀さえも自分の発した言葉にかるく驚いている。
まぬけに開いたくちを見て、ばかだなと雲雀はもう一度思った。
「………ヘーキだよ」
「、そう。」
「あんがとな」
細められた目が、やっぱり雲雀を見ている。そのすきまからはあまったるいなにかがだらしなく漏れ出ているに違いなかった。なめるときっとあまい。
またあたまをなでられている。どうしていいのかはわからないままだったけど、なでさせることを許してやろうと雲雀は思った。許してやる意思がある。そのことにまた自分でおどろいた。