(090225)






「おーおー……」
「しー……また寝ちまった」
ほこほこ湯気をたてる、ホテルのルームサービスにはないメニューをむりくりオーダーしてそれが運ばれてくるまでしばらく部屋の前で待ちかまえていた。ついさっきまで茶色のドア越しにかすかなドライヤーの音を聞いていたはずなのに、雲雀はもうずいぶん前からそうしていたようにすやすやしている。
ディーノの髪は湿ったままだから、乾かされていたのは雲雀の髪に違いない。きれいに毛繕いされたばかりの頭は毛艶がよくなってロマーリオの手にあるおかゆみたくほっこりつやつやしていた。
それを、大事なものにさわる手つきでディーノがなでている。かわいくてたまらないものを見るような目をしていた。まあ実際かわいくてたまらない教え子だということはロマーリオもわかっている。どういう思いで雲雀を引き受けたのかも。
しかもディーノの希望通り、一方的にせよちょっとなかよくしたりしているものだから楽しくて仕方ないのだろう。
「あつあつなんだが」
おかゆとディーノと、わざとらしく見比べからかい半分にひやかしたら照れるでもなくそのままうれしそうににこにこしているものだから毒気を抜かれてしまう。雲雀の眠るベッドの向かいに腰を下ろした。
「冷めちまうなぁ」
「いや俺が食うぜ。」
スプーンをくれ、とジェスチャーで示されて銀色のそれを渡す。朝日はカーテンにさえぎられて、金属が光を反射することはなかった。
ディーノはふーふーしながらほんのり塩気のきいたおかゆを食べている。くあ、と大きなあくびが漏れた。
「ボスも昨日はベッドで寝てねーからなぁ」
「んー」
「恭弥じゃねーけど、ちったあ寝た方がいいぜ」
「んー……」
スプーンを口にくわえたまま、教科書に載りそうな正しい生返事だ。空いた手でまた雲雀に手を出している。
「ボス」
「わーかってるって。」
「それにしてもずいぶん急に慣れたもんだよなぁ」
ほっぺたをふにふにされても雲雀は目を覚まさない。それどころかディーノとロマーリオ、二人も他人がいるのに寝こけている。昨日までなら天地がひっくりかえってもありえないことだった。
「そうだよなあ……」
「どんな手品使ったんだ、ボスよ」
ディーノの人好きするたちをロマーリオはよくわかっている。けれど雲雀恭弥相手にそれが有効かどうかは盛大に疑問の残るところだったのでたった一晩での代わり映えが正直ふしぎでしようがない。純粋な興味といえばそうだった。
「わかんねえ。……疲れたからじゃねーか?気い張ってるのもさ。恭弥、基本的にめんどくさがりだからなー……」
「そーか」
「きまぐれだし。」
「それは否定しねえ」
「なあ……」
ぽすんと枕に落ちたままのいとけない指先をいたずらにときほぐしたディーノの手が、そのまま雲雀のてのひらの上でたたずんでいる。つなぐという表現では大げさになるほど、そこでじっとしているだけだった。
「……どーした。ボス。」
「明々後日かー……」
「ああ……雲戦な。そういやボンゴレリングのこともまだ話してねーんだろ。今朝くらいのおとなしさなら黙って聞きそうだけどなあ」
「あーそうだ……そーだよな………あー……恭弥ともっと…ずーっと修行ばっか、してえなあ…」
「楽しいか。」
「うん……。恭弥どんどん強くなるし。まだこんなこどものくせに、俺がたまにひやっとするぐらい。」
「油断すんなよ。」
「ああ……まっすぐだからさ、つい俺も楽しくなるんだよな……なんかスポーツ?試合?ってかんじ……なあ…」
「ん?」
「うーん…………うん……」
「……んだよ。ハッキリしねえな。しゃきっとしてくれよ。寝てねえから頭疲れてんだ。寝ろよ、とりあえず。」
ロマーリオは勢いよく立ち上がってぽん、とディーノの肩を叩きドアへ向かった。背後でディーノがもそもそシーツをめくる気配がしている。ノブに手をかけようとしたところで、届いても届かなくてもかまわないうわごとのように小さい声がした。
「……なあロマーリオ」
来た道を三歩戻る。うとうとしかけたディーノが枕にひじをついてぼさっとしていた。そうしていればまだまだロマーリオにとってはこどもがふてくされているくらいのかんじに映るものだから、ついつい手のかかったディーノ坊ちゃんに問いかけるような口をきいてしまう。
「ん?」
「……」
「んだよ。」
「……なんでもねえ」
おやすみ、と乱暴にシーツがめくられ呼び止めたくせに歯切れ悪いディーノは中へ潜ってしまった。
「ボス。」
「……」
「ボスがいっぺん決めたことだ」
ディーノが雲雀をかわいく思う気持ちはロマーリオにはやっぱりわかる。情がうつっているのも。ロマーリオ自身がディーノを思う気持ちと似ているのかもしれない。できれば、危ない目に合わせないよう大事にしまってしまいたいのだろうがそうもいかない。
ボンゴレの守護者となってしまったこと、リング争奪戦に巻き込まれた以上もういさかいは避けられないのははじめからわかっている。生き延びさせるためによほどの覚悟で引き受けたこどもだ。
「恭弥が自分を守る力をつけさせてやれるのは今はあんただけだぜ」
ディーノは甘い。その甘さをあやうく思う一方で、ロマーリオはディーノはそれでいいとも思っている。たぶん他の部下や手厳しい元家庭教師の赤ん坊さえもそうだろう。そのぶんをカバーするくらいの気概は持ち合わせている。ディーノが強いだけのボスならキャバッローネも今のようにはきっとならなかった。結束力でボンゴレをも凌ぐと言われるような。
いとおしく思うきもちがあたまの中の冷静な範囲を侵食する。やさしいから迷う。迷いが毒にもなることも知っている。知っているから惑いもする。ただそのわだかまりにはディーノ自身が折り合いをつけるしかないことだ。
「迷うなよ。」
リボーンは現在ディーノの家庭教師を離れているけれども、雲雀だけでなくディーノとキャバッローネもこれ幸いとしごこうとしているのかもしれないとロマーリオは思った。節目節目で教え子に課題を与える姿勢はあいかわらず手加減なしだなと苦笑する。しかしまあなんともありがたいことだった。