(090301) もともとほそい体だから羽みたく動きがかるい。 一晩ぐっすり休んでほんとうに調子をよくしたらしい雲雀はここ数日の疲れなんてないみたいにディーノに向かってきた。むしろ鋭さを増している。 「っと……」 雲雀の容赦ない手の中の金属が肩をかすめそうになってひやりとした。武器でとどめることは間に合わず素手でつかみ取ればどうしたって痛い。じんじん骨さえしびれてしまう。痙攣寸前の筋肉のすきまからびりびりした痛みが這い上がってきた。 雲雀はうれしそうに口元をほころばせている。くすくす笑い出しそうだった。攻撃的につりあがった眉とのアンバランスさにめまいがする。 「……楽しそーだな」 「そうだね」 力比べで負けることはさすがにない。雲雀もそれはわかっているだろうに、ぎりぎり力を強めてくる。 「あなたはずいぶん余裕そうだけど」 ディーノが拘束している右手の金属からふっと力が抜けた。前髪の下で雲雀のうすいくちびるが残忍そうにゆがんでいて、ヤバイと感じる前にみぞおちに過重な衝撃が加えられる。 「っ……!」 身がまえることだけは頭でなく体のほうが勝手にしてくれた。反射とはえらいものだ。雲雀も素手だからまともにすべての力をまともに受けることはなかったけどいくらか頭が白くはなる。 人は見た目によらないということはいろんな意味でわかってはいるけれど、かわいがるきもちも手伝ってかほそこい雲雀のどこにこんな暴力的な力があるのかやっぱりいまだにふしぎでたまらない。 ただこの世のふしぎに思いをはせる間はなく、今もって左手に握ったままの武器に雲雀は体重と遠心力をのせてすでにディーノめがけて振り出してきた。 いよいよやべえとディーノが思った瞬間、緊迫した場にはまるで似つかわしくない間伸びた音楽がひびく。 みどりたなびくなみもりの。 雲雀の携帯の着信音だった。雲雀の腕も止まる。攻撃をとどめようとしていたディーノの動きだけが止まらず、どさっとふたりして枯れ葉の上に転がった。 「うわ、」 「邪魔だよ」 上から押さえつけられて不快なのかちっと舌打ちをした風紀委員長は、けれどさきほどまでの酷薄な表情をもうどこかへひそめている。 「あ、わりー」 その豹変ぶりにディーノも毒気を抜かれた。あわてて頭上に押さえつけた手をどかすと制服のポケットをごそごそさぐって携帯電話を取り出し通話ボタンを押した。 「なに、哲。」 いまいましそうな口調だ。おたのしみを邪魔されて明らかに不愉快になっている。 けれど、戦うことほど楽しいことはなさそうな雲雀が矛をおさめていることもまた事実だった。風紀委員がかかわると理性が欲求をしのぐんだろうか。 (どんな精神構造だ) 雲雀恭弥にそこまでさせる風紀委員ってなんなんだろうと、かわいい教え子の顔を見下ろしながらディーノはぼんやり考えている。雲雀はまるでしゃんと立ったまま話しているようだ。 「……そう。うん、」 思いっきり殴られたみぞおちがいまさらながら痛かった。左手でさすさす、いたわってみる。 「わかった」 「だっ……!」 油断をしていた。言い訳にもならない。 なんの殺気もためらいもなく、雲雀が握ったままだった武器はディーノのこめかみを一度殴打する。目の前がちかちかした。 「僕は急用ができたから帰る。」 情けなくもどさっと崩れ落ちたからだの下から雲雀はもぞもぞ抜け出て、ディーノを見下ろしてくる。 「じゃあね」 「ちょっ……おまえ指輪の話聞くって約束しただろーが!」 よたよた立ち上がるからだがさすがになさけなかった。 「急用だって言ってるだろ。」 それでも背を向けた雲雀の腕をつかんでぎゅうぎゅう握りしめる。雲雀はいちおう振り返っていやそうな顔をした。 「はなしなよ」 「おまえなあ……うそつきはどろぼうの始まりだぜ」 「……聞かないとは言ってない。」 どろぼうの始まりはいやらしい。むっと口をとがらせてさすがに風紀委員長だった。 「まああれだ。並盛に帰るんだろ。送ってってやるよ」 「車だと遅い」 「走ったほうが遅いぜ。」 いったいどうやって帰るつもりだ。だいいち病み上がりだ。無茶もさせられない。 「急ぐからさ」 「……」 「な」 すなおならまるでかわいいだけには違いない。ディーノはこめかみを殴られたことも忘れて腕から力が抜けたのを確認するとロマーリオを呼んだ。 「ああいうのを狩ってバイクを没収すれば早いんだ」 「へー……」 小回りがきくには違いなかった。 峠を攻めそうな若い男が何人かガードレールのあたりに派手なバイクを従えてだらだらたむろしているのをガラス越しに見て雲雀は好戦的にひとみをゆらめかせている。そりゃそういうバイクなら速いだろうというのはわかるけど、雲雀はむしろ群れを叩きのめするのが楽しいに決まっている。 並盛の外へ連れ出したこどもがどうやってテリトリーへ帰っていたのかはわかったけどずいぶんえげつないやり方だった。 「直線距離が最短だからね」 どんな暴走列車だ。ただそれをとがめたところでいささかも効果がないのはディーノももうわかっているので何も言わなかった。 雲雀の好物らしいその群れもびゅんびゅん追い越して遠ざかる。雲雀がつまらなさそうに皮のシートに背をもどした。 「あのな恭弥」 「……なあに」 ディーノを見るでもない。気のない返事だった。どんなに強かろうが雲雀恭弥だろうがやはり病み上がりのこどもはこどもだ。体力が万全と言うわけではない。ディーノといつもどおりやりあって消耗したのだろう。 「……なんでもねえよ」 指輪の話をしようとしてやめた。 草壁からのさきほどの電話は十中八九並盛中学校での異変の報告だろうから、指輪の話をしてやれば聡い雲雀のことだからのみこみもいいだろうとは思う。憤慨はするかもしれないれど。 「……ふん?」 ねむそうにとろとろの目をこすっているこどもにそんな話をする気分ではなかった。助手席のロマーリオがやれやれ、というふうにためいきをついたのもわかったけどやっぱりそんな気になれなかった。 「こっちおいで、恭弥」 「……」 誘いをかけるとこども扱いされたことに無言で抗議している。 「並盛についたら起こすから。まくらがあったほうがいいだろ?」 そんな抗議がこどもっぽいのに。ディーノはますますあまやかしたくなる。 「な?」 「……いらない」 雲雀はまばたきさえも緩慢でまぶたがぱちぱちする音が聞こえてくる。もう目をあけているのがつらそうだった。 「まあそう言うなよ。な。」 ディーノが近づくとせまい車内であっという間に距離はつまる。端に押しのけたところでどうせたいした距離も取れない。 「……いらないよ」 雲雀はぽつんとしたつぶやきを落としたあと眠気に勝てずあきらめて目をつむってしまった。すやすや寝息もおだやかだった。 しばらくするとディーノのほうへこてんともたれてくる。あたたかいかたまりに身を寄せるねこそっくりだった。ずるずる、ぬくもりにふれる面積を増やすように結局ディーノのひざのうえに倒れこむ。枯れ葉の茶色いかけらでそこかしこ汚れた制服を、シャツ一枚とベストだけの寒そうなからだにかぶせてやった。 「あーあ」 ロマーリオがふりむいてにやにやしている。 「恭弥の根負けだなあ」 |