(090302)






ばちっと目をさますとかわいい弟子のあたまの重みはどこへやら、ひざの上にはよごれた詰め襟の学生服しかなかった。
「あれ?」
いつのまにかディーノも雲雀につられてうとうとしていたようで、ちょっとよだれをたらしているのをごしごしぬぐっているとロマーリオにハンカチを差し出される。雲雀をこどもだこどもだと言っている手前、ちょっとはずかしい。
「恭弥は?」
きょろきょろしてみるものの、車内で隠れる場所もないだろう。そもそも隠れるなんていう選択肢ははなからない雲雀だ。
「並盛に入ってから渋滞に巻き込まれちまってなあ」
確かに車が進んでいないのは窓の外を見ればわかった。赤いテールランプたちが残光を残せずのろのろにぶく光っている。
「え、それで恭弥は?」
「飛び降りて行っちまった」
いちおう止めたぜ、と言われ気が遠くなった。さきほど雲雀にぶん殴られたからだけではないだろう。
気づかないディーノもディーノだが公道で雲雀を放すとはなんたる失態。しかも今まさに嵐戦の真っ最中の中学校に雲雀は向かったに違いなかった。執着も度を越えた中学校をめちゃめちゃに破損されたとなるとどんなに怒り狂うことか想像に難くない。ヴァリアーにもたぶん間違いなくけんかを売る。きっと嬉々として。
それにしたってロマーリオもまさか雲雀がどうやって並盛に帰るのか聞いていなかったはずもないだろう。今ごろどこかでバイクをかつあげられているだろうあわれな不良に思いをはせディーノはああ、と低い車内の天井をあおいだ。
「……とんでもねー……」
「まあそう悲観するなボス。もうすぐ俺たちも着くしよ。」
ほれ、とまだ遠いコンクリートの建物を指し示されてくらくらする。夜に浮かび上がった中学校の校舎の窓から今まさにオレンジの光がこぼれていた。見ているだけならうつくしい炎の光だ。嵐の守護者の放ったものだろう。破壊力はリボーンお墨付きの。
「……俺も走ってこうかな……」
がっくり肩を落とした。もう見えている場所なのだから車で乗り付けなくとも歩いてだって行ける。ロマーリオには止められるだろうが本当にもう走って行きたい。見張っていないとそれはもう心配だ。見張ってなくてももちろん心配だし、とにかくもうあの乱暴者をディーノは気になって気になって気になってしょうがない。
「つーかさ、」
「ん?なんだ」
そういえばディーノのひざの上にのせられたままの制服をつまんで持ち上げる。
「……あいつあんな薄着で出てったのかよ」
「あーそれなあ……」
「ったく、病み上がりって自覚なさすぎなんだよ。」
上着を着るのをめんどくさがったこどもが風呂上りにねまき一枚でいるようなものだ。
そう思わねえ?と同意を求めたらロマーリオはそれがな、と助手席からちょっと身を乗り出してきた。
「なんだよ」
「俺も言ったんだよ。寒いから着てけってな。」
「おう」
「そしたらなんて言ったと思う。」
「……汚れてるからやだって?」
そこかしこ枯れ葉がくっついているほこりっぽいそれは確かに風紀委員長のお気には召さないだろう。
「貸してやるってよ、ボスに。風邪ひかれても困るだろってさ。」
「……」
「そう言われちゃ、クリーニングくらいはしてから返してやんねーとなあ」
ロマーリオはまたにやにやしている。
ディーノは顔が赤くなってくるのを自覚していた。ほほに血が集まる。照れてしまっている。こどもっぽい思いやりを、この上なくうれしく思っている。
心臓がきゅんとしていた。
ディーノのひざの上から起き上がったのなら、制服は雲雀の体ごと持ち上がったはずだ。それをわざわざディーノに雲雀が誰に言われたわけでもなく掛け直したなんて、ちょっとした奇跡ではないかとディーノには思える。しかも大事な委員会の腕章のついた制服だ。ものにこだわらないのはなんとなくわかるけど、それでもそれなりにこれは大事なものだろうに。
どうして突然態度を軟化させたのかディーノにはわからない。雲雀しか知らないことだろう。雲雀さえ知らないことかもしれない。
ただそれにしたってなんだか知らないが、昨日の晩あたりからまったくいちいちかわいすぎた。
「……うつせみかよ!」
「どっちかっつーと紫の上じゃねえのか」
くそっと右足を踏み鳴らし頭をかかえる。ロマーリオのつっこみを、このときは笑って流した。