ざくろ石のうろこ(090304) 「なにそれ」 「んー?リップクリーム」 「軟弱なものつけてるね」 「おお、俺は繊細なんだよ」 はっとあからさまに馬鹿にした笑い方でわらわれたけど別に怒る気もさらさら湧いてこない。憎まれ口が挨拶みたいなものだ。応接室のソファの向かいでにこにこ笑いながらみつめてくるディーノを気にするでもなく、雲雀はもうとっくに興味をそがれたようでリップクリームの蓋が閉められるのさえ見ていなかった。 今は漆塗りのお皿のうえにちょこんと並んでいるふたつのしろいかたまりに夢中そうにしている。黙っていればにくたらしさのかけらもないただひたすらかわいい顔だ。ディーノはながめているだけでも楽しくてうれしくなってしまう。雲雀はややあって両手でやわらかい餅をつかんで持ち上げた。 「……ん、」 「どーした?」 かわいい顔がうってかわってむつかしい顔をしている。まあむつかしい顔もかわいいのだけど。雲雀は食べかけたまめ大福を机のうえにそっと戻した。 並盛商店街の和菓子屋「はしもと」のあんこが好きなのだ。風紀委員の巡回にいやがられながらついていったときのこと、雲雀がめずらしくぴたりと足をとめて自らここのお菓子はおいしいんだよと主張したくらいだからよほど好きなのだろう。 それ以来ディーノの手土産はいつでもここの和菓子だった。今ではすっかり常連さんになっている。なにせ部下へのお土産もここで買うものだから量が半端ない。 おだんごあり練り切りありようかんあり最中あり鹿の子あり、季節によって柏餅とかちまきとかいろいろある。一年通してあきないところもよかった。どのお菓子も素朴で気取っていなくておいしいのだけど、でもしろい大福は恭弥、共食いだなあとディーノはいつも思っている。 「あ」 「……」 考え込むようにくちびるにあてられたおよびのさき、誘われるように視線をながすと赤く血がにじんでいた。 「……あーあー乾いて切れちまったんだなあ」 見せてみ、と反対側のソファから身を乗り出すといやそうな顔をしながらも伸ばされたディーノのてのひらの中にしぶしぶ顔をおちつけてくる。おおいに大福のおかげだと思った。はやく食べたいに違いない。だからおとなしくしているのだ。なんともわかりやすい。意外に食い意地がはっている。 「ちゃんとリップクリームつけねえからだぞー」 ちょんちょんと親指でつっつくとむっと眉をひそめた。痛いのかもしれない。しかしお年頃の女子でもないだろうしこんな痛みに動揺するような人でもないので、細やかな違和感がちょっと不快なだけだろう。 「持ってない」 「……だろーな」 ちまちまリップクリームを塗るところも想像できない。見た目ほそっこくてまるで男くささとは無縁の雲雀だけれども、その中身はずいぶん男らしいのだった。 「貸し、」 かしてやろうか。半分も言えない。 ディーノはぽかんとしている。胸倉をぐいと強くひっぱられて。それから。 服に加えられていた理不尽な力がゆるんだ。そうしたら雲雀との距離ができて、表情を見れるくらいのすきまになった。 「いらない」 あなたからもらうからいい。 なんでもないことみたいに言って、雲雀はいったんゆるめた指の力をまた込めてディーノの胸の辺りの服をぐいぐい引っ張った。特にあらがう理由もない。もう一度押し付けられた唇がもそもそ動いて、ディーノがさきほどわざわざ塗った油分の保護膜を遠慮のひとつもなく奪っていった。意図なんてないから目もあけたままだし、なんだか一生懸命だ。扇情的なんてこともない。ただディーノにとってはマフィアや盗賊よりよほどたちがわるかった。 「ん」 満足したのかぽいっとディーノの胸を押し戻す。放り出す、といった方がよさそうなぞんざいな手つきだった。勝手気ままが専売特許みたいなこどもだからしょうがないといえばしょうがない。ついさっきまで雲雀のほほに寄り添っていたはずのディーノの手はローテーブルのうえ、包み込むものも無くむなしくたたずんでいる。 雲雀はもう知らん顔で堂々とソファに座っていた。お餅をつかんで今度こそ。口に運びもぐもぐしている。 大福にまぶされた片栗粉がぱらぱら落ちて黒い制服を粉雪のようにしろく染めていた。落ちなかった分はリップクリームのうるおいで雲雀のくちびるのうえにはりついている。もう血はにじんでいないのに赤いくちびるだ。 みとれてしまう。めまいがするほど。 「ごちそうさま」 行儀よく両手を合わせた雲雀のその手を取って、からだをやわい力で引き寄せ白い粉をなめた。雲雀はふしぎそうな顔をして小首をかしげている。ちくちく、にぶくあまく痛む肺を無視してディーノは差し出した舌でまた雲雀の表面をなでた。雲雀がぱちぱちとまばたきをする。まつげが絡まりあってしまうくらい近くで。 「ふ」 ぺろりぺろりとアイスクリームを舐め取るこどもの熱心さで何度も何度も往復した。きっともうどこも白い粉なんてついていない。くちびるって舐めるとよけいに荒れてしまうのになあと人ごとみたいに思いながら、あまいあんこの残り香を味わった。 |