※「バタフライブルー」を一部改めたものです。ディーノ視点。(090308)






ぼんやりディーノを見送った雲雀はまるでこどものような顔をしていて、立たせようと腕をひいたロマーリオの手にかんたんについてきた。今は車の背もたれにからだを預けてまたぼんやりしている。
「お前さんも相当なはねっかえりだなぁ」
さきほど適当にまきつけた包帯をカッターシャツごとちょきちょき切って、傷口に消毒液をぶちまけてもぽやんとほうけた雲雀は特に反応を示さない。深い傷ではないけど見た目は派手だししみるはずなのだから痛いはずなんだがなあと思いつつロマーリオは脱脂綿でてきぱき患部をぬぐった。雲雀は血が出すぎてぼんやりしているのかもしれない。
「ねえ」
「ん?」
「あのひと、なに怒ってるの」
「気になるか?」
「……べつに」
まばたきするのも面倒そうな雲雀はうっすらまつげを伏せてしまった。
「ボスは怒ってるのはお前さんの方だと思ってるぜ」
「…………」
いましがた伏せられた目がぱちんと開いて、思い当たる節はあるようだった。ただそこにつっこみを入れるほどロマーリオは愚かではない。藪をつついて蛇を出すこともないのだ。
「心配なんだよ」
「なにが」
「お前さんのことが。かわいくてしょうがねーんだ」
「……あなたのボスはあたまがおかしいのかな?」
皮肉ではなく本当にそう思っているような口ぶりで言う。とがめる気にもなれない。
「否定はしねえな。よっぽど恭弥バカだぜ」
雲雀はくすぐったそうに肩をもぞもぞさせた。照れているわけでもないだろう。特別扱いに慣れたこどもだ。
「あの人はまあ甘いっつうかやさしすぎるっつうか。恭弥が傷つくのがいやなんだ。」
軟膏をぬりつけるとこどもの皮膚の表面にぴりぴり鳥肌がたつけどかまわずすりこんだ。
「恭弥を強くするために家庭教師を引き受けてな、実際お前さんは強くなったろ?」
「前からね。」
「そうだな。でもその強さをさっきみたいにあんなすてばちに使っちゃだめだ。恭弥が持ってる強さを、ちゃんと自分を生かすためになるように使わねえから。」
「……イタリア人なのに難しい言葉知ってるね。」
「そりゃどうも。……だから、ボスは怒ってんだ」
「……ふん?」
「ほんとに強いってのは戦闘のスキルじゃあねーんだよなぁ」
さくさく、ガーゼをはさみで切る。
「まだ恭弥にはわかんねーかもしんねえが」
大判のガーゼをあてる腕があまりにきゃしゃでこれではディーノの過保護も仕方のないことだという気になった。
「ま、要するにボスは恭弥がかわいくて心配でどうしようもねえってこった。」
「……もう戦ってくれないみたいだったけど」
「恭弥がちゃんとごめんなさいすればいいさ」
ぽんぽんと二度ほど頭をなでると雲雀は目をぱちくりしながらロマーリオを見上げてくる。
(……なるほど)
まったく上司の気持ちがわかりすぎて、ロマーリオは困った顔になった。



病院の個室にしつらえられた安っぽいソファに沈み込んで長い足をローテーブルのうえに投げ出したままでいる。開いたドアに目を向けるでもない。階段を上ってくる気配で雲雀だとわかっていた。
「……何だよ」
「ちょっとどきなよ」
「……そっち空いてんだろ」
ついさっき怒ってしまった手前邪険にしないこともできない。ただ雲雀に対してどうせディーノはいじわるになりきれもしなかった。
「……」
おさないひとみがディーノのつむじをじっと見下ろしている。それだけでもうだめだった。 雲雀がディーノの元へやってきた時点でそもそも許してしまっている。よしよしあたまをなでなでしていじっぱりを譲歩したことをほめて、どこまでだってあまやかしてやりたい。
「……わかったよ」
見られていると思うとくすぐったいつむじを掻きながらディーノは身を起こし、ソファの真ん中に陣取っていたからだをずらした。半分がぽっかり空いたソファに雲雀が腰を下ろす。血のにおいはもうしなくて、かわりに消毒液のつんとしたかんじがディーノの鼻についた。
「……」
並んで座った雲雀は前を見ているけど、ぴんと張った神経はディーノへ向いていることが知れる。驚かせないようそろそろと遠慮がちにのばした手で肩にかかっただけの制服をやわく掻き分けて肌に触れるとほんのちょっとだけふるえた。
「………自分でやったのか」
雲雀の右腕、つたなく巻かれたしろい布の下からガーゼがはみだしている。心臓に近い部分のへたくそな止血部分にそっとさわった。雲雀はまだじっと前を見ている。
「……」
「ロマの結び方じゃねえもんな、これ」
「……」
「な」
顔をのぞきこんで笑いかけると雲雀は居心地悪そうに首をわずかだけゆらした。
「習った」
「……そっか。」
うんうん、とディーノは雲雀の髪の毛をぐりぐりかきみだす。殴ってくるかなという予想ははずれたけど実際殴られたところでそれもどうということはないだろう。どうあってもかわいくてしかたなかった。だらしなく顔がほどけるのがわかってはいるのにそれをやめられないでいる。
「ねえ」
しばらくそうしていると雲雀のほうがディーノへ向き直ってきた。土足でソファに乗り上げるなどディーノが言えた義理もないけどあまりお上品なことではない。不良だからいいのか、風紀委員だからだめなのかはよくわからなかった。都合のいいことだ。
「ん?」
うりうりなでる手をとめないまま、行儀悪くディーノもソファに足をあげてせまいソファの上で雲雀と向かい合った。近づいた距離についつい気を良くしてしまう。指に絡む髪の毛はどこもかしこもやらかい。毛先さえもこどものやらかさでふわふわしている。
「なんだ?先生になんでも聞けよ」
「あなた、僕のことがかわいいの」
「はっ?」
「ひげの人が言ってた」
じい、と音がしそうな黒い目だ。まるで撮られているみたいな気になる。
これが女なら他意でもあるかと思うところだけど、なにせ雲雀だ。何か色っぽい答えを期待しているふうもない。ロマーリオに言われたことをただ本人に確かめようとしているのだろう。
(うーん)
ディーノは手を止め考えた。かわいいと言ったら怒るかもしれない。せっかく仲直りできたのにそれは避けたい。けど。
「ねえ」
答えを催促して雲雀がぐいぐいシャツをひっぱってくる。シャツはどこまでも伸びる伸びる。いとけない赤ん坊の乱暴さだ。邪気もないその手をつかんだらやっぱりかわいかった。
「……かわいいよ。」
くっつきそうな鼻先のむこうで、雲雀が口をうすく開いてはまた閉じている。
「そんで強くてかっこいい。もう世界中に自慢してえ。でもおまえむこうみずだし心配でたまんねーんだ。そんでやっぱすげーかわいい。かっこいい。かわいい。かわいい。恭弥」
「……あなたやっぱりあたまおかしいよ」
「そうかも。でもほんとにすげーかわいいんだ。」
「……」
「……だから、けがなんてしないでな。」
ひくりと振れたてのひらを包んだまま、まるいほっぺたにディーノは自分のほほを重ねた。髪の毛とおんなじでやっぱりふわふわやらかい。あったかくて思わずキスしたくなってそれはさすがに怒られるかなあとがまんした。雲雀はディーノの耳元でばかじゃないの、とあきれている。じゅうぶんだった。