(090314)






雲雀と手をつないだまま、まんじりともできないでいるうちに明け方から空が泣き出した。
ぽつぽつ窓を濡らしてやがて景色もかすんで見えなくなる。雷が鳴ると飛行機が揺れるかもしれない。いやだなあとぼんやり考えた。
深夜からずっと、雲雀のことを考えないようにしている。
ふれたやわい部分の感触を思い出してしまうとおかしな気持ちになった。あつくて、やわらかい。
ディーノは幸いにしてイタリア人なのでまあキスは挨拶みたいなものだ。
(……幸いって、何がだ。)
ただそれがおでこやほっぺなら、という話でくちびるにはまあ相当親しくないと触れない。相当な親しさというのは恋人とか彼女とかそういうことだ。つい勢いで、にしたってひどい。雲雀はもしかしたらはじめてかもしれなかった。
(……いや、ぜってーそうだ。)
ファーストキスに夢見ているふうにも見えないけど、雲雀だってそりゃあかわいい女の子相手がいいだろう。そういえば戦ってばかりでそんな話はしなかったなあと思った。けんか以外に興味があるようにも見えない。おさないのだ。そういうところも含めてディーノは雲雀がかわいくてたまらないけど、かわいいからってしていいものでもない。なんて浅はかなことだろうとしょんぼりした。
それに考えたくなくても、いつまでも雲雀のことを考えないわけにはいかない。なんといってもディーノは雲雀の先生なのだから、先生は生徒のことを考えなくてはいけない。
雲雀はすやすや、今は熱もひいておだやかそうだった。なんとも回復が早い。
いけないいけないと頭の中で言い聞かせながらディーノはでもがまんできずに雲雀のおでこにさわってみた。汗の乾いた額はさらっとしている。
なんとなく離れがたくてそのまま髪をなでなでしていたらそわそわ、もっとあちこちさわりたくなってきた。あたまでぐるぐるいろんなことを考えるよりその方がずっと自然ですなおでわかりやすい気がした。
雲雀はさらさらでふわふわで、ついでにふにふにしている。ディーノにはない触感だった。こどもだ。つい触りたくなる。
(うん、こども。……こどもだよな。)
ふくふくのほっぺを見ているとなんだか夜のことがぜんぶディーノのみた夢のように思えてきた。
雲雀にはすごく申し訳ないと思うけれども、ディーノがそっと胸の中にしまっておけばいいことだ。それで誰も傷つかない。雲雀も、雲雀を好きになる女の子も。ロマーリオにさえ知られていない。世界中でディーノ以外の誰も知らない。
雨が降ったって太陽が出なくたって朝は必ずやって来る。すべての不浄を洗い流した健康で美しい完全な朝が。
(よしよし。)
ディーノはいよいよ意気揚々と雲雀にさわった。イタリアに帰国したらしばらくは会えないかわいい弟子だ。
そりゃあさわりたくなって当然だよな、とディーノはうなずく。
指先の雲雀は頭で想像するよりずっとやわらかい。
ほほのまるみを、まだふにふにとした鼻の高さや眉のアーチを。いま雲雀をかたちづくるものをおぼえていたかった。
次会うときはそんなに遠くもないだろうけど、それでもまたすこし強くなって、またすこし成長しているだろう。十五歳の男の子だ。背がすこし伸びて体重も増えてきっとディーノの知らない雲雀になっている。
できることなら目を離さずにいたい。イタリアにこっそり連れて帰ってしまいたいくらい。つぶさに見ていることができないさびしさのかわりに、そのときにはそのときの雲雀をめいっぱい大切にしたいと思った。
(なーんか、親鳥のきもち?)
くちびるのはじっこをたどったら胸の奥がさわさわとざわめく。
午前六時まであと三分。雲雀がそろそろ起き出すだろう。目をあけて一番に見るのはディーノだ。ヒナ鳥のすりこみのようにまたすこし親しくなれる気がした。
雲雀の目覚めを待っている。
秒針のちくちく動く音をすこしだけどきどきしながら聞いているうち、雲雀のまぶたがうすく開いたり閉じたりし出した。やがてまつげがふわりと空気をふるわせる。
もう季節外れになってしまったあさがおの花が開くようだった。朝に咲くきれいな。
「おはよう。恭弥」