(090316)






まだ本調子ではない雲雀が助手席に乗っている。
ディーノの赤い車に。
イタリアに帰国する旨を伝えると「……僕も行く」としおらしいことを言うのでディーノはたいそう驚いた。
まさか連れて帰りたいと告げたわけでもない。
動揺してイタリアにか?と聞けばうろんな目で空港までね、とそっけなく返されそりゃそうだよなとひとりでちょっとだけ傷ついた。
しかしすばらしいことだ。空港まで見送り。まるで雲雀も別れを惜しんでくれているような気になる。なにせあの雲雀恭弥の言い出したことなので。

しとしとと表現するにはいささかきつすぎる雨粒が次から次へと車のフロントガラスではじけている。
並盛の町は大渋滞で、ひとつしかない高速の入り口が見えているのになかなか進まなかった。途中雲雀が熱っぽいというのでコンビニに寄ってやったからそれで少し時間をくったけれど、部下の黒い車もさほど遠くに離れてしまったわけでもないだろう。
雲雀は手の中のペットボトルをぼんやりいじっている。
「ねむたい?恭弥。」
「ん」
「……どっちだよ」
気のない返事さえもかわいくて、笑いながらくしゅくしゅ髪を乱した。
「ありがとな」
「……なにが」
「ん?わざわざ空港まできてくれて。」
「まだ行ってないよ」
「そーなんだけどよ」
伸ばしたゆびで、ほんのすこし微熱の残るほほをつとなでる。
「……まださ、お前に教えたいこと山ほどあるんだ。指輪の炎のこともけんかのことも。他にもいっぱい。だからすぐまた来るからいいこで」
いいこで待っててな、とこども扱いするせりふは最後までつむげなかった。
殺気を理解する間もなく、狭い車内でさきほどまでとろとろしていたはずの雲雀がディーノの頭部めがけて武器をふるってきたのだ。
「えっ?!……ちょ!恭弥?!なんだよ!」
しかも完全に油断させたと思ったんだろう、攻撃の手を止められた雲雀はちっと舌打ちでもしそうな苦々しい顔をしている。
「……なんだよ、だって?自分の胸に手をあててみなよ」
らしくないことだ。だましうちして勝ったところで喜ぶようなこどもでもない。しかし雲雀の手の力はぎりぎりと強まる一方で、ディーノはハンドルを握る手もおざなりになる。
「おいっマジでこれはあぶねえ、から!」
「知ったことじゃないよ。風紀を乱す外人を並盛の外へ出すほうがよほど危ないね」
「風紀……?……っ、」
片手でどうにかできる雲雀でもない。ディーノは心の中で愛車にごめん、と謝りながらハンドルを切ってとにもかくにも渋滞の列から抜け出し小さなスペースに車をすべらせた。
停車というよりぶつけて止めたと言ったほうがいい。
さほど車高のない車体は歩道の段差にざりりりりとにぶいけれどはでな音をたててこすれ涙が出そうになった。
が、今はそれどころではない。命がなければ二度と車にも乗れない。
「風紀って、なんだよっ」
「ワオ。重症だね。自覚症状もないなんて」
両手で正面から向き合えば押さえ込めないわけではなかった。力比べならディーノに分がある。もはや助手席に座ってなどいない雲雀の武器をディーノはむりやりひとつにまとめてからだをまるごと引き寄せてしまった。
「離せっ」
「いやいや離したらお前殴ってくるだろ!」
からんと足元に落ちた金属を、ディーノは足でシートの下に追いやる。大事な生徒の愛用の品を足蹴にするなんて心が痛まないわけではなかったけど緊急事態なのでしかたない。
「離せ!」
手がだめなら足で、とばかりにばたつく足も器用に押さえつけてしまう。しかし全力で暴れる猛獣だ。ディーノの方もかんたんにというわけにはいかない。右足で雲雀の左足を、左足で雲雀の右足の付け根を押さえ込むころにはぜえぜえ息があがっていた。
「な、きょ、や」
「殺す、……っ」
「うわっ」
頭突きはない。
ないぞ、恭弥と悲しくなりながらそれでもよけた。そのまま食らったら流血する。お互いに。それだけならまだよくて下手をすれば脳震盪だ。そのくらいの勢いはじゅうぶんあった。
ディーノが避けたせいで雲雀は運転席のシートにおでこをしたたか打ちつけめりこんでしまう。なんだかおかしなくらい必死だった。
ディーノはポケットから愛用の武器を取り出しごめんと心の中で手を合わせつつ手際よく雲雀の手首をきつくしばってしまう。
せめてまともに話のできる状況を整えなければならない。
いくらか自由になった左手で雲雀のちいさなあたまをディーノの正面に戻すと鼻のあたまがひりひりあかくなっていた。
目は相変わらずかわいげのかけらもない色をしているけど、かわいい生徒がかわいい顔のかわいい鼻をあかくしている。どうしたってかわいそうだなあと思うと赤い鼻先にキスしてなぐさめたくなった。いけない。
「な、恭弥」
危険物をそこらに放っておくほどディーノは無謀ではないのであたまをぎゅっと胸に押し付けて頭突きを封じた。できれば目を見て話がしたかったけど状況だけにあまりぜいたくも言えない。
「恭弥」
雲雀はディーノのからだにそこかしこ埋もれてなおまだもごもご動こうとしている。ディーノも必死になった。
「いかがわしい。さわらないで」
「いかっ……まあいいや。なあなに怒ってるんだよ。教えて。わかんねえ。けんかしたくねーんだ」
「……まったく愚かしいね。昨日の晩、僕がずっと寝てたとでも思ってるの」
「え」
「あんな息苦しいことされて起きないはずがない」
「…………………………」