(090317)






たっぷり三十秒はかたまって、ただキスのことだとわからないほどディーノもバカではなかった。
「あー……おまえ……起きてた、のか」
「『起こされた』」
「……うん、そう、俺にな。…………ごめん……」
「ごめんですんだら警察はいらないんだよ」
「……おっしゃるとーり……」
ばれている。
誰も知らないはずのことを、よりによってその張本人になじられている。
(……頭隠して尻隠れず?)
頭も尻も隠れていない。
きまずくて照れくさくてディーノはうう、と雲雀の耳元で思わずうなった。雲雀がうっとうしそうに身をよじる。気を抜くと殴られるので抱きしめる腕はゆるめなかった。あたまをぐっと鎖骨のあたりに密着させる。
「ん、む」
鼻を圧迫されてもごもごする雲雀の背中もディーノの胸に押しつけてやろうとしたけど、そうしたらばくばくいってる情けない心臓に気付かれそうでそれはなぜだかとても不都合な気がしたからやめた。
「恭弥」
ゆるく呼びかければ雲雀の殺気はひどくなる。
「ほんと昨日は悪かった。いくら恭弥がかわいいからってやっていいことじゃなかったよ。でもな、俺がこんなこと言うのも言い訳がましくてあれだけど、きもちが一方通行なのはキスっていわねーんだよ。だから恭弥がいつかすきな子とするキスがはじめてのキスになるとおもっ……ぐっ」
「あなたなにを言ってるの」
雲雀の背中に力を加えないでいるのがやはり悪かった。雲雀とディーノの胸のすきまにあったぐるぐる縛られた腕で雲雀がみぞおちを殴ってきたのだ。せまい空間で反動をつけたわけでもないからいくら雲雀恭弥の攻撃といってもそこまで猛烈なかんじではない。だからといって痛くないわけではなかった。痛い。すごく。
「そんなことはどうでもいい。あなたが風紀を乱したことを僕は言ってるんだけど」
教え子の男の子にキスすることは風紀を乱すことではないのだろうかとディーノ思ったけど、余計なことを言って火に油を注ぐ必要もない。
じんじん痛みを耐えながら並盛の町で他に風紀を乱した覚えはないか考えてみる。
(うーん……?)
しかしどう考えてもとくべつそんなふらちなまねをした覚えはなかった。キスまがいの雲雀への接触が唯一のふらちな覚えだ。思い出せば夜の時間さえ健康的なもので、ずっと雲雀と一緒だったのだからあたりまえだった。
「……なあ、恭弥の言ってる風紀を乱すってどういうことだよ」
ディーノは勇気をふりしぼって訊ねてみる。
「………………キスは怒ってねーの?」
「そんなことはどうだっていい」
やっぱりキスはいいのか。なんだかすわりが悪くてもぞもぞした。こころのひだをこそばされるような感じがしたけど、それはたんに雲雀があいかわらず身をごそごそやってディーノから逃れようとしているからかもしれない。
「一方で思わせぶりにしておきながら、もう一方をたぶらかそうなんてたちが悪いと思わないの。」
「…………うん?まあ、そうだな。」
二股はよくないだろう。ディーノは同意した。
「……あきれるね。わかっててやってるなんてなおさらたちが悪い。死ななきゃ直らないようだね」
「はあ?」
よくないが、ディーノはやっていない。雲雀が突拍子もないのはいつものことだけれども腕の中毛を逆立ていらいらをあらわにする雲雀はあきらかに何か勘違いしている気がした。どう考えてもちょっとおかしい。
「あの」
「なに」
「俺が、いつ?」
できるかぎり刺激を与えないようおそるおそるそうっと耳元に吹き込んだ。雲雀はさもなげかわしそうにためいきをつく。
「……すきだって言ってた。廊下。」

僕は見てたよ。

「うそつきはきらいだ」
「…………」
「……」
「……」
「……」
「……あ。」
廊下、廊下、ろうか……とぶつぶつ口の中でおなじ単語を転がした。雲雀が泣いていた廊下だ。
もしかしてもしかすると。
「思い出したみたいだね」
じゃあ死になよ、と雲雀がますます全身をがつがつぶつけてきた。動きを制限していても骨同士がぶつかりあってごつごつにぶい音をたてている。地味な痛みだった。
「ちょっ、きょう、や!おまえなあ!」
「言い訳は聞かないよ。減刑なんてないからね」
「言い訳じゃねえ!」
「うるさい。あんな鼻毛を伸ばしたような顔して言い訳がきくとでも!」
「はなっ……鼻毛ってなんだよ!意味がわかんねえ!」
「女にうつつをぬかしてだらしない顔ってことだよ!」
「ありゃリボーンだぜ!」
あの世で日本語勉強したらと吐き捨て暴れていたからだがひたりと止まった。
「………………だまされないよ」
「だましてねーって。通話履歴見せたっていいぜ」
雲雀なら、並盛を飛び交う電波状況くらい調べさせることだってかんたんだろう。
「『雲雀はかわいいだろ』ってリボーンに聞かれたからな」
「……」
「……俺どんな顔してたんだよ。」
ぴくりとも動かない雲雀の背をそっとなでた。こわばったからだは明らかにばつがわるくなっている。
「……だから鼻毛の伸びたような顔だって。……言ってる。」
「それよくわかんねえよ。」
歯切れが悪くてちょっとからかいたくなった。いろいろかわいすぎる。
「な、どんな?」
「うるさい」
「ごまかすなよー」
おとがいでうりうりとやらかい髪の毛をかきまぜた。こめかみにほおずりしながらうつむいた雲雀の顔を上げさせて。
(え)
後悔した。
「……ごまかしてるのはあなたじゃないか」
雲雀は下唇をぎゅっと噛んでいる。目のふちの粘膜を赤くそめた顔を、ディーノはほんのすこし前にみたことがあった。
それも「ろうか」だ。また口の中だけで確認をした。
そして胸のざわつくかんじは、それよりもうずっと前から知っている。
幼稚園できれいな先生に覚えた。小学校にあがっていっとうたいせつな女の子と手をつないで知った。それとおなじの。
からだの内側のやわらかくひそやかな部分をスプーンでそっとすくうような。
「あなたはどうしたいの。」