(090321)






いねむりのなか体温を上げたあったかい雲雀をベッドに降ろそうとして失敗した。
「おーい……」
てのひらがディーノのコートをつまんでいる。それはさして強い力でもないけど、ディーノの視界からは死角の場所だ。やさしく指先をほぐしてやることもできない。
ベッドに背をつけた雲雀はなんだかおだやかな寝顔で天使みてえだなーとディーノはほほえましいきもちになった。
けれどもその天使にかぶさるようなかっこうでじっとしているとなんだか後ろめたい気分にもなる。
(うーん……)
ディーノのからだにすっかり隠れてしまうちいさい雲雀はホテルのしろい灯りをいい具合に遮るディーノの背をちょっとひっかくように持ち直した。
きゅっとつかまれた手のせいでますます離れがたい。
ディーノは困っている。
「……ふ」
雲雀はディーノの作り出す人工的な日陰でここちよさそうな呼吸をくり返した。満足げなためいきがふわふわと雲のように浮かんでしまいそうに見える。
ディーノの二本の腕の中で雲雀がねむっていた。他にどう間違えようもないこどもだ。
そのことはもう戻れないはずの時間を軽々とびこえ、どうしようもないほどうるさい心臓のどきどきとやるせないからっぽなかんじをディーノにもたらす。
もう二度と手の中に戻らないはずの時間をそっくりそのまま手渡されてどうしていいのかわからなかった。
とくとく自分のからだを血が流れる音を聞きながらディーノはまばたきをする。何度まぶたを閉じても開いてもそこにいるのはやっぱり雲雀以外の誰でもなくて、落ち着かないきもちがさざなみのようにおしよせてきた。ほとんど動揺に近い。
「ん、…………」
ちいさなうごめきにどきりとする。
まぶたが一瞬ふるえるのを見て起きてしまうかもしれないと不安になった。おかしなことだ。
起こさなければ背中にまとわりつくこどもの手を外すことができないと困っていたのがついさっきのことなのに、おなじあたまで今度は起きないでくれればいいのにと思っている。
雲雀のまぶたのふるえはほんの一瞬のことで、またおだやかに伏せられていた。均一な灰色の影のもとでするりと伸びた長いまつげが他よりはいくらか濃い影をつくっている。その一本ずつのこまやかな長さを目でたどった。
(きれいだな)
おとなになった雲雀とはまた別の成長なかばのみずみずしいうつくしさ。どこもかしこもやわらかで繊細そうにできている。
ディーノがおとなになったからそう思うのかもしれない。ついさきほど確かめたように雲雀は強くしなやかでちょっとやそっとじゃきっとびくともしないだろうに、それでもおっちょこちょいなディーノの指でさわったらこわしてしまいそうだった。
「…………きょうや」
口の中でだけ雲雀の名前をつぶやく。外の世界にその音が漏れることはなかった。歯の裏側ではじかれのどに戻ってくる。そのまま飲み込んだ。
けれど一度名前を呼べばじっととどまっていたじれったいような焦げつくようないらだちはなんてかんたんに決壊してこぼれてしまう。ディーノはもう倒れこむみたいに、でも実際はそっとそっと重力のひとつもかけないよう雲雀のまつげにくちびるでふれた。