(090323)






おとがいに髪がこすれる。そのやわらかないとおしさにディーノはうっそり笑った。目が覚めているともいえないふわふわした心地で半分以上夢の中のことだ。
ちいさな頭をそろりとなぞるとあまえるみたいに身じろぐほそいからだもかわいい。そっと抱きよせてぺたりとくっつき手さぐりでおでこにキスをした。
鼻先でちょいちょいと前髪をかきわけて髪の生え際にもちゅっと音の立つやつを二、三度。そうしたらくすぐったかったのか、腕の中のいとしいのは鎖骨のとこへかりかりかわいい歯をたててくる。いつもとは違ったやりようだったけどそれもいいなあと思った。
(……まえがみ?)
なんか変だ。
いつの間に前髪を作ったんだろうと思った。ついでに言えば髪ももっと長くてシトラスのかおりが。
「……!」
するはず。
まどろんでいたあたまから血の気が急にひいてぱちっと目を開く。
「きょっ……」
ひいいいいいと悲鳴をあげるか泡をふいてしまわなかっただけ年をくっていてよかった。恐るべき元スパルタ家庭教師に感謝した。へなちょこディーノのままなら確実に泡ふいてぶっ倒れているに違いない。
ここはイタリアでもなければ住み慣れたキャバッローネの屋敷でもなんでもなくて日本の並盛のホテルのベッドで腕にいるのは雲雀恭弥だった。
「……ん?」
心中ぼたぼた冷や汗をこぼしまくるディーノをよそに雲雀はうっとりきもちよさそうにうとうとしたままのまぶたをとろんと持ち上げる。
黒目の表面に張った水にディーノがうつってゆれていた。まばたきをするとそれはひとすじ 流れ落ちて思わずディーノはそこへくちびるを寄せてしまう。
しょっぱい味にはっとしてごめんと遠ざかれば雲雀はそれほどいやそうな顔をしているわけでもなかった。
「おはよう」
どちらかというとおだやかな。と言うより何も考えていない顔だ。あいさつのほうが大事そうだった。風紀委員長なのだ。
「あ、うん。……おはよう」
なでなで、あたまをかき回したらはねのけられた。雲雀はちょっとうざったそうにディーノを見てからおもむろに上半身だけ起き上がるとおふろ、とつぶやく。
雲雀のからだにまとわりついていたディーノの腕はなめらかなからだの表面をすべりおちてシーツのうえにぽとんと落ちた。
二十五の雲雀は優雅なねこのような手足をしているけど、若い雲雀はまだあどけないこねこの方がちかい。ふにふに目をこすっているのもいとけない。思わずなでたくなるかわいさだ。
そういえば昨日は屋上でひとしきり暴れてそのまま眠ってしまった。気付いたとたん雲雀は不快そうにシャツをはらってもう一度「おふろ」と言う。
「ん?あ、ああ」
明らかにディーノに向けられたそれはかすかないらだちを含んでいてそれでディーノは催促されているのだと気付いた。
「ふろな、風呂!」
さきほどまでパニックを起こしていた頭にはいささか高度な注文だ。見下ろしてくる王様みたいにえらそうな雲雀の視線から逃れるようにディーノはベッドから降りようとして。
「ってえ……」
落ちた。
どしゃっと派手な音がしたわりにフードつきのコートは衝撃をだいぶん緩和してくれたようで、シャツ一枚で落ちるよりはずいぶんましだった。のけぞるほどではない。
「ひゃっ」
それでも打ち付けた腰をさすっているとかろうじてベッドに残っていた足の裏をこしょこしょされて変な声が出た。
「変な声」
床におっこちたディーノを、雲雀がベッドのふちから湖を覗くみたいに見ている。
「おまえなあ……」
頭も打ったらしい。つめたい言葉に何か言い返そうとしてずきっと痛む頭を持ち上げたけど雲雀を見上げたら何も言えなくなった。
ディーノに注がれている、細められたくったくない視線の奥にともっているのがあんまりに許容だったから。わかりやすくはないけれどほほえみ未満のうすい笑顔はきちんとディーノをゆるしている。
そのことになんだか鼻がつんとしてディーノはなぜだか朝っぱらからちょっと泣きそうになった。
「ほんとへなちょこだね。」
差し出された手の小ささを確かめながら立ち上がる。つないだ手は寝起きであったかい。
ちいさくてやわらかくてあったかいなんて、まるで守ってやりたいこどもの手だなあと思ってそういえばディーノはいつだってそう思っていたことを思い出した。なつかしい。
「わり、」
「いいよ。あなたのどじは今に始まったことじゃないからね」
「……このやろ」
ディーノのへなちょこがひどくゆかいそうな雲雀のほっぺたを手の甲でうりうり持ち上げてじゃれる。
「おふろ。はやくね」
「おーおー」
顔を近づけて髪をくしゃくしゃしたら雲雀はきゅっと目をつむった。前髪が目に入ったのかもしれない。じゃれあっていればきりもなく、うでを雲雀にちょいと払いのけられたのを幸いにベッドから離れようと背を向けた。
「……ねえ」
呼び止められて振り向く。急かしたり引き止めたりわがままなやつだなあと思うけど雲雀恭弥だからもうしょうがない。それを好ましく思っている時点でディーノには付き合う義務がある。昔も今も。
振り返れば雲雀はぽかんとふしぎそうな顔をしていた。昨晩寝付くときと同じような顔だ。ちょっとぎくっとした。
「……どした?」
「……」
それもちょっとしたふしぎではない。ふしぎでしょうがないという顔だ。いつもきちんとお行儀よく閉じられている口がぽかんとすこし開いている。閉じさせたくなった。
「……俺の顔になんかついてるか?」
笑いかけるととたん眉間にしわが寄る。ごきげんななめになってしまったらしい。秋の空よりひどい。乙女心といい勝負かもしれない。
「なあ、」
「あなた変だよ」
「え?」
「おかしい」
言い捨てて、ぷいとそっぽを向きシーツにくるまってしまった雲雀を今度はディーノがぽかんと見ていた。
「恭弥?」
どのポイントで怒られたのか全然わからない。こういうときはどうしたんだっけと考えているとシーツの中から「おふろ」と不機嫌な声がこぼれて、とりあえず風呂が遅くなるともっと機嫌が悪くなりそうだったのでディーノはあわててバスルームに向かった。