(090326)






きちんと栓をしたバスタブにお湯を流し込んでいるあいだもディーノはぼんやり雲雀のことを考えている。しゃがみこんでたわむれに腕でおおきく湯をかきまわした。
よもや雲雀を恋人と間違えてキスをしたことを怒っているわけでもないだろう。かるいあいさつみたいなやつだ。
(……お子ちゃまだし)
大昔、雲雀にもよくやった。ちょうど十五のあのくらいのときだったなあと遠い時間をたどる。
(俺はまだハタチそこそこでさ。)
そのたび雲雀はむずむずおかしな顔をしていた。黒目のまたたきを思い出す。伏せられることもない目だった。まっすぐディーノのことを。
(……いやがられてはなかったかな。)
それも七割がたの話だ。
雲雀はああいうたちなので許容の大きさまでがごむのように伸縮自在だった。今日許したことを明日には許せず、とうてい受け入れられないと拒絶したことを二時間後に受け入れてみたりする。
(マジでねこみてー)
ころころかわる気分屋なところも何もかもかわいかったし、七割はかなりの高確率であろうとひそかにうぬぼれていた。だって一流のバッターだって打率四割はいかない。
そうこうものおもいにふけっていると油断していた背中に一瞬ごつっと足の裏がぶつかってにぶく音をたてた。
「いっ……」
蹴り飛ばされたと状況を飲み込んだころにはもう遅く、浮いた足は置き去りに頭から陶器のバスタブに飛び込むはめになる。ざぶんと大きな波音がたってためたお湯がいれものからあふれた。もったいない。
「てえっ!恭弥何す……」
ディーノはつっこんだ上半身の腕を底につっぱり湯船から自分を助け出した。おとなだからそのくらいはできる。
「おそい」
「ぐ」
けれど足の裏でぐいぐい尻を押されて不安定な上半身はかわいそうに圧力に従い前へ前へ。ほっぺたをべちょりと壁にくっつけるはめになった。
部下が見たら悲しむだろう。
(いやそれよりも尻は!尻が!)
だいたい長方形の狭いほうの辺部分にディーノを押し込めようという意図そのものがまちがっている。どう考えてもサイズ的におさまらない。
押せば収まるとでも思っているのか雲雀はまだ足の力をゆるめなかった。
「ちょ、きょーや……!」
壁と雲雀の足のあいだに挟まれた頭から尻までの体の七割がせつなくなってディーノはなさけない声を出す。
雲雀もいいかげん体積として入りきらないとあきらめたのかふと足の力を抜けた。
「つめなよ」
「え」
思いがけず自由を得てあたまだけでなくからだがびっくりしている。
水を吸って重たくなってしまった衣類をまとわりつかせながらディーノはそもそもお湯をはりつつかきまぜていた平和な位置にどっと腰をおとした。
申し訳程度にひいたバスマットがびちょびちょになっている。髪の先からぽとぽとしずくがすべりおちた。
雲雀はぽかんとうずくまって見上げてくるディーノなどまるでいないもののようにぽいぽい制服を脱いであっという間に湯船に身を沈めてしまう。
てきとうに脱いでいるようなのに水気のないところに服がきちんとまとめられているのにディーノは感心した。着替えまで無駄のないことだ。
「ちょっと」
「ん?」
「ん、じゃない。あなたなにしてるの?」
雲雀は眉をひそめている。まったく愚かしいと言いたげなうろんな目だった。
(ちょっと待て)
誰のせいで、と言いかけてやめる。さすがにディーノも半分しか生きていないこどもとしょうもないけんかはしたくない。ぐぐぐと言葉を飲みこんだ。
とりあえず入浴を観察するのも微妙だろう。とぼとぼベッドルームに戻ろうとしてのったり立ち上がり背を向けるとちょいちょいとひっぱられている。
「?」
雲雀の指だった。
「早く脱げば」
「え」
「お湯が少ない。あなたが入ればかさが増えて肩までつかれるんだよ」
「……」
雲雀はバスタブの右側へ膝を折りたたんですわっている。ディーノがもごもごおぼれていた場所はそのまますっかりあいていた。しかもどうやらディーノのために雲雀があけているらしい。
「……えーっと」
不機嫌だったんじゃないのかなあと聞こうとしてやめた。どうせきままなごきげんなのだから悪くないものを悪化させる必要もない。
「時間がもったいないんだよ。」
「んん?」
「一緒に入ればそのぶん早く戦える。」
「あー……うん。そうだな」
ほら、とびちょびちょの腕をぎゅっとひかれあわてて脱いだ。肌にはりついたシャツはちょっと脱ぎづらかったけど、それをぴかぴかの石床にほっぽって雲雀のとなりにおなじ体勢で身をちぢこまらせるとわかりにくく満足そうにしている。そうしたらもうそれでいいかなあという気になった。
髪洗ってやろうかと黒髪を持ち上げ毛先にくちびるをふれさせる。ちゅっとかわいい音がたった。雲雀はさせてあげてもいいけどとつんとした、でも拒否でない答えを返してくる。
かわいかった。
こどもがほくほくいいきぶんでいる。いいことだ。